「家族神話」の崩壊(前)
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ひと昔前、水商売の人がもっとも孤独を感じるのは暮れから正月だと聞いたことがある。店を開いても常連客が顔を見せなくなるからだという。同じような人が私の周辺にもいる。家族から関係を断たれた、友人のいない独居高齢者がそれである。昨年夏、私が住む公営の集合住宅で3件の孤独死者が出た。3人というのは初めてのことだ。詳しい家族関係は不明だが、その大半が発見されるまで、死後1週間を超していたと聞く。遺体はいずれも警察官立ち会いのもと、特殊清掃業者によって片づけられた。
3件の孤独死事件で囁かれたのが、「家族がいるのに、何で?」という陰口。それぞれ三者三様の家族の在り方がある。共通しているのは、3人とも独居だということ。私が住む公営住宅には、さまざまな問題を抱えて入居してきた人が多い。そのなかの1つが「家族関係の希薄さ」だろう。数年前に一組の老夫婦を社会福祉協議会のCSW(コミュニティ・ソーシャル・ワーカー)と私とで最後まで面倒を見た話を報告したことがある。都内に住む長男は、多忙と自分の生活で精一杯を理由に援助を断ってきた。実際は家庭を顧みない父親の身勝手な生き方に反抗して事実上親を捨てた「棄老」だった。
自分の親を捨てることは自由だが、その支援を他人に委ねる長男の神経にいささか違和感を覚えた。そのことは拙著『親を棄てる子どもたち 新しい「姨捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)に書いた。ほかにもDV(共依存による子どもから親への暴力)など、家族間に潜む“闇”を紹介した。戦前の儒教に見られる「大家族主義」が崩壊し、核家族化が進むことで多様な家族形態が存在してきたはずなのに、いまだに「家族主義」的な考え方が根っこにあり続ける。3件の孤独死事件に見られる「家族が見ごろにした」的な考え方が依然として幅を利かせている。
朝日新聞(2022年1月8日)に、「『家族神話の正体とは』」「犯罪や苦しみの要因にもなり得る 社会の多数派が生み出す幻想」と題して、同紙の山本逸生記者が加害者家族を支援するNPO法人代表の阿部恭子さんの活動を紹介している。家族のなかの誰かが罪を犯して逮捕されたら…。「社会から向けられる憎悪は加害者本人にとどまらない。『なぜ止められなかったのか』『家族も同罪』。ネット上では家族への批判が渦巻き、名前や自宅をさらす投稿もあふれる」「日本では、子が何歳になっていても親が監督責任を問われる風潮が強い」。2019年、大阪府吹田市で起きた「交番襲撃事件」では、逮捕された33歳の男子の父親(大手メディア役員)が、謝罪のコメントを出して会社を辞した。
「明治初めまで、犯罪の連帯責任を親族に科す縁座制度があった。今は刑事責任こそ問われないものの、社会制裁が残る。連帯で犯罪を抑止できるという考えが前提だ」。これに阿部さんは「逆効果だ」と真っ向から異議を唱える。「家族に責任がある場合もあるし、加害者への厳しい姿勢は必要だ。でも、家族への中傷は反論しづらい相手を利用してうっぷんを晴らしているだけ。社会の未熟さを表している」と手厳しい。「伝統的な家族観が加害者家族の生きづらさにつながっている。家族は幸せの象徴、揉め事は恥。そんな価値観は型にはまった幻想だという意味で、『家族神話』」と阿部さんは呼ぶ。前出の3件の孤独死事件でささやかれた「家族がいるのに…」はまさにこれだ。
「子どもは家族の一員として親を見る(扶養する)義務があるのだろうか」という法的な側面から見てみると、『当事者主権』(中西庄司、上野千鶴子著、岩波新書、2003年)のなかで、上野が、「ちなみに民法八七七条にいう親族の扶養義務は、親から子への生活保持義務と、子から親への生活扶助義務とにわけられる。親は子に対しては生活を犠牲にしても扶養の義務があるが、子は親に対して生活を犠牲にしてまで面倒をみる必要はない。子世代のなかには、親の介護を負担に感じている人は多い。福祉先進諸国で、高齢者介護の社会化について合意が形成しやすいのは、子世代が親の扶養義務から解放されたがっていることと無関係ではない」と指摘する。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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