ポスト・コロナ時代に向けての新薬開発ビジネスの可能性
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、2月25日付の記事を紹介する。我が国は世界有数の創薬先進国として、革新的創薬によって国民の健康寿命を延ばすとともに、医学研究や産業技術力の向上を通じて、産業、経済の発展を実現する「医薬品産業ビジョン」を打ち出している。そのなかでは、原材料物質や製品の特定国依存によるサプライチェーン上の欠品リスクを回避するためにも、「経済安全保障」の視点を重視する必要があるだろう。そのことを痛切に感じさせてくれたのが「新型コロナウィルス」であった。
多くの課題が浮き彫りになった。マスク1つをとっても、国内で十分な供給体制が組めていなかった。国際的なサプライチェーンの限界を思い知らされたわけだ。加えて、まだ見ぬ新たな感染症の出現も否定しがたいわけで、そうした未知の領域での対応を含め、いわゆる「アンメット・メディカル・ニーズ」に備えることが求められていることは間違いない。
政府としても日本国内において絶え間なく新薬を開発してもらえるような研究開発環境を整備する方針を打ち出しているが、道のりは平たんではなさそうだ。2021年6月に閣議決定された「ワクチン開発・生産体制強化戦略」においては、「ワクチン開発への戦略的な研究費配分の不足」と「シーズ開発やその実用化を可能とするベンチャー企業、リスクマネー供給主体の不足」を問題視することになったものの、その後の状況を見る限り、際だった改善は見られていない。
目前に迫る危機感やビジネスチャンスの可能性への言及はあるのだが、ワクチン開発・生産体制強化戦略に基づき、アジア地域における臨床研究、治験ネットワークの拡充を図るところまでは行っていない。日本の医薬品市場規模は950億ドルで世界3位であるが、成長率では主要国のなかで唯一マイナス成長と低迷を続けているのが現状である。
確かに、日本経済全体から見れば、医療産業は安定しており、不況にも強いことが証明されてはいる。リーマン・ショック後も自動車、電機産業は売上が軒並み5分の1に減少したが、製薬業界は安定した強みを維持したことが象徴している通りである。なぜなら好況不況に関係なく人は病気に罹るため医療ニーズは減少しないからだ。
コロナ関連でいえば、対策上の切り札はワクチンがすべてではない。マスコミは感染者数の増減に注目しがちだが、致死率で比較すれば、2年前の緊急事態宣言が発令されたときの5%と現在の0.1%以下では大きく違っている。この点を踏まえ、厚労省は異なるウイルスによる対応をスピーディーに変える必要があるとの認識を強めているほどである。
また、塩野義製薬の澤田副社長のいうように、「ワクチン開発には安全保障の観点も必要」と思われる。アメリカのモデルナが製薬業としては新興企業であるにもかかわらず、素早くワクチン開発に成功したのは、早い段階から国防の観点でウイルスやワクチンの研究を始めていたからに違いない。
厚労省の責任者に言わせれば、ファイザーやモデルナが日本への緊急輸出を認めたのはアメリカ国内向けのワクチン製造が進んでおり、日本へ回す余裕があったため。それがなければ、アメリカ国内優先の政治判断が下されたはずで、日本への提供はあり得なかった。アメリカでは「医薬品の開発は国家の安全保障」という側面があり、日本とは価値観に違いが見られる。今こそ、1970年代から80年代まで日本はワクチン先進国だったことを思い起こす必要がありそうだ。ちなみに、塩野義製薬は日本発の製薬ベンチャー「UMNファーマ」を買収し、新型コロナワクチン開発でもほかの日本の製薬メーカーの先を走っており、心強い限りである。
いずれにせよ、日本では「新薬の開発は難題で、手掛ける案件3万件のうち、1つ当たれば大成功と言われ、1品目で1,500億円以上の研究開発費がかかる」と言われてきた。その意味では成功確率は低い。そのため新規参入できる企業も限定される。それゆえに公的支援の必要性が高いと言わざるを得ない。
欧米と比べ、ベンチャーによる支援や初期投資も日本ではまれである。結局、大手製薬メーカーが新薬開発の中心になるという構図ができている。注目すべきは、製薬の分野では化学的合成物からバイオ製品が主流になりつつあることである。言い換えれば、可能性を秘めた新たなシーズを発見できるかどうかが勝負を決めるわけだ。残念ながら、この分野ではアメリカと比べ、日本には目利きが少ない。「失敗こそ成功への近道」ととらえる、アメリカとの企業風土の違いもある。
実は、新興国を含めて、医薬品のマーケットが伸びていないのは日本だけである。さまざまな制度上の制約を克服する試みが行われているわけだが、既存の枠組みに囚われて、新規事業に積極的に動かない日本企業の弱点に他ならない。
その意味では、塩野義製薬が中国の平安保険と合弁でデータ分析を新薬開発に活かそうとする試みは注目に値する。「ビッグデータ」に関しては中国が世界を圧倒しているからだ。また、住友生命が5年ほど前から売り出した「バイタリティ保険」にも関心が高まっている。もともと南アフリカのデータ企業から学んで開発した商品で、歩行距離や検診回数など健康維持に必要なアドバイスを提供し、その結果、医療費が節約できた場合には保険料が下がるという仕組みである。「インセンティブ保険」と呼ばれている。
数は少ないが、こうした新たな挑戦的取り組みが見られるわけで、大いに期待したものである。要は、治療、創薬、保険が一体的に機能する方向を目指すことが、「希望の光」につながるといえるだろう。
次号「第285回」もどうぞお楽しみに!
著者:浜田和幸
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