2024年12月23日( 月 )

【論考】ウクライナの誤算 米国の軍事的支援があると錯覚(前)

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東アジア共同体研究所 理事・所長
(元外務省国際情報局長)
孫崎 享 氏

1:ウクライナのNATO加盟問題

(1)なぜウクライナがNATOに加盟することをロシアは容認できないのか

ウクライナ イメージ    日本では今、ウクライナ問題が最大の関心事だ。2月25日の日経新聞は「ロシア、ウクライナ侵攻」「首都空港で戦闘」「各地の軍事施設に爆撃」の見出しで「ロシアが24日、ウクライナへの軍事侵攻を始めた。ウクライナ各地の軍事施設が空爆されたほか、首都キエフの空港をめぐりロシア軍とウクライナ軍が戦闘した。冷戦後の国際秩序を力で変更するロシアの軍事進攻に対し、主要7カ国は24日オンラインで首脳が協議し、“最も強い言葉で非難する”との共同声明を発表した」と報じた。

 日本国内では、政治家も、学者も、テレビに出る芸能人も一斉にロシア非難をしている。

 後で、背景を説明するが、正鵠を得た発言をしているのは、なんとサッカー選手の本田圭佑氏ぐらいだ。「Football Tribe Japan」は、本田圭佑が「プーチン大統領の記者会見を見たけど、もうウクライナがNATOへの参加拒否するしかないなという感想。僕が知ってるロシアのリーダーってのはここからの交渉は一切通用しない。『解決のために窓口は開いてる』というのはウクライナがNATOへ参加しないという1択しか受け付けない窓口やと思ってる」と投稿したと報じた。マスコミで現状打開には「ウクライナがNATOへの参加拒否するしかない」と述べているのは本田圭佑氏ぐらいしかいないのでないか。

 彼は1人で世界各地を生きてきただけあって、核心を見抜く力をもっている。

 今次ウクライナ問題の核心は2つ、ウクライナのNATO加盟問題とウクライナ東部のロシア系住民の独立を目指す動きへの扱いである。

 ウクライナのNATO加盟問題と言っても、部外者にはその深刻度はわからないが、ロシアにとっては、自己の生存に関わる問題である。ロシアのプーチン大統領は2月24日、ロシア軍のウクライナへの本格侵攻に関し、「必要に迫られた措置だ。こうする以外になかった」

 「別の方法で対応するのが不可能なほど安全保障上のリスクが生まれていた。すべての試みが無に帰した」「国家が存続できるかわからないほどのリスクが生じる恐れがあったからだ」などを述べた(時事)。

 この発言はどういうことなのだろうか。

 現在、米ロの間には戦略核兵器に関する合意がある。主として大陸間弾道弾についての合意である。互いに保有する大陸間弾道弾や発射装置の数を制限し、互いに相手を攻撃すれば自分も確実に破壊される状況をつくり均衡を保ってきた(これを「相互確証破壊戦略」と呼ぶ)。ウクライナがNATOのメンバーになれば情勢は一変する。NATO(実際は米軍)はウクライナに中距離・短距離、クルーズミサイルを配備する。ロシアは長距離弾道ミサイルへの防御網を構築してきたが、新たに中距離・短距離、クルーズミサイルからの防御システムをつくらざるを得ず、それは技術的にほぼ不可能なうえ、実施するには莫大な金がかかる。プーチン大統領が「国家が存続できるかわからないほどのリスクが生じる恐れがあったからだ」と述べたのはこのことを意味している。

 今1つウクライナがNATOに参加したらどうなるか。現在、ロシアがウクライナを攻めても、NATO諸国にはウクライナを守らなければならない法的な義務はない。だがウクライナがNATOに加盟するとどうなるか。情勢は一変する。

 NATO条約第五条「締約国は、一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなすことに同意する。締約国は、そのような武力攻撃が行われたときは、各締約国が、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及びほかの締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助することに同意する」

 NATO諸国は、メンバー国に攻撃があったら、「直ちに行動をとる」義務が生ずる。

 現在はその義務がない。従って今回も米軍を含めNATOは軍事的に参加しない可能性がある。しかし、ウクライナがNATOに加盟すれば、米国はウクライナを守る法的義務がある。ウクライナはこの担保を背景にロシアに強く対応することができる。ロシアとしてはこういう状態は許せない。

(つづく)

(後)

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