2024年11月23日( 土 )

柔道家プーチンのしたたかな“黒帯”戦略(後)

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国際未来科学研究所
代表 浜田 和幸

織り込み済みの経済制裁

タンカー イメージ    今回の危機的状況においても、プーチンの意図を読み切れず、「ロシアの軍事侵攻はない」との希望的観測で、国民に備えを求めませんでした。それどころか、欧米の指導者に対して、「ロシアの脅威をことさら煽ることはやめて欲しい」と訴えたものです。

 結局、大混乱に陥ってしまい、今さらのように「アメリカも国際社会もウクライナにきて、ロシアと戦う戦列に加わってほしい。さもなければ、明日は、皆さんの国がロシアの標的になります」と訴えています。これほど、先の読めない国家指導者も珍しいといえるでしょう。しかし、欧米諸国にとっては使い勝手の良い存在であったと思われます。

 さて、欧米諸国や日本ではロシアに対する経済制裁が盛んに議論されています。とはいえ、プーチンにとってはすでに織り込み済みの内容ばかりです。一部のロシア企業やプーチンおよび彼の取り巻き連中の海外資産を凍結するようですが、それでは効果はありません。逆にロシアはヨーロッパへの天然ガスの供給をストップし、中国などほかの地域に振り向ければ良いのですから。さらには、国際宇宙ステーションからアメリカや日本を排除し、通信衛星を破壊し、GPS機能をマヒさせることもできます。加えて、電気自動車や半導体製造に欠かせないレアメタルの供給も停止するなど、欧米へのより強硬な対抗手段を行使してくるはずです。岸田政権はアメリカの求めるまま、ロシアへの経済制裁に着手するようですが、これでは北方領土問題の解決も平和条約も幻想に終わるでしょう。

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 欧米諸国や日本では国際的な金融決済システム「SWIFT」からロシアを排除するのが最大の制裁となると言いますが、これも一方的、片手落ちな見方でしかありません。なぜなら、ロシアは中国を巻き込み、脱ドル、デジタル通貨化を加速しているからです。と同時に、ロシアは金、銀、原油、レアメタルなどの現物保有を積み増し、脱欧米化を目論む布石を打ってきています。

「この世の春」を謳歌、アメリカの採掘、運搬企業

 ドイツは「ノードストリーム2」の中断でロシアからの液化天然ガス(LNG)が得られず、国民生活や経済活動に大打撃を受けることになります。これこそ、アメリカのエネルギー会社の目論見通りの筋書きです。なぜなら、ドイツはじめヨーロッパ市場で、アメリカ産のシェールガスを高値で売りつけることができるようになりますから。ドイツもフランスも国内の天然ガス需要の4割をロシアに依存しています。チェコやルーマニアに至っては100%、ロシアの天然ガスに頼っているのが実態です。

 すでに天然ガスの価格は急上昇を遂げています。安価なロシア産を輸入していた国々はアメリカから高値のガスを買わざるを得なくなるわけです。シェブロン、エクソンモービル、シェルはもちろん、採掘、運搬企業にとっては「この世の春」になるでしょう。本年1月の時点で、アメリカはLNGの輸出では世界1の座を獲得しました。

 ロシアとドイツの間に完成していた「ノードストリーム2」の稼働を中止に追い込んだわけで、アメリカのエネルギー会社にとっては「快挙」との歓声が挙がっています。ドイツは急遽、アメリカからの液化天然ガスのタンカーを受け入れる港湾設備の増強を発表しました。ロシアの「サハリン2」からのLNGを輸入している日本にとっても大きな教訓とせねばなりません。

(了)

浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。最新刊は『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』(祥伝社新書)。

(中)

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