命を救う献血事業の現状と血液ビジネスの未来
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、3月11日付の記事を紹介する。日本では法律によって売血が禁止されている。国内で必要とされる血液は生血であろうと、血漿分画製剤であろうと、基本的には国内で賄うことが「血液の安全保障」という立場を堅持するのが日本政府である。とはいえ、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、献血協力者の確保が難しい状況になり、とくに若年層の献血離れ現象も起こりつつあるため、厚労省では日本赤十字社と連携し、さまざまな工夫を余儀なくされるようになった。
厚労省は「2025年度には最大で65万人の献血者が不足する」との試算を公表している。現時点での大きな課題は輸血用の血液製剤を使用する人の85%が50歳以上であるのに対して、献血する人の70%は50歳未満という点である。若年層の献血数は減少傾向をたどっており、将来の安定供給に支障が生じる恐れが出ているわけだ。
そうした状況を踏まえ、日本赤十字社では外部の専門家も交え、日本の血液事業が直面する課題を検証し、将来ビジョンを描いている。現在、日赤では最大の使命である献血者の確保を目指し、予約サイトを立ち上げ、若い世代をターゲットに働きかけを強めており、その効果もあり、若年層の間では献血リピーターの増加傾向が見られるようになった。
2年前、コロナ禍の影響で血液不足が深刻化した際には、白血病を発症した経験を持つ女子水泳選手の池江璃花子さんがSNSで呼びかけたことで献血者が急増したという。それを踏まえ、赤十字では全国の高校を対象に献血啓蒙のセミナーを開催している。命の大切さと献血のはたす役割への理解を深めるうえで効果が出始めている模様だ。企業献血についても年間6万社を超える企業の協力を得ているが、「献血推進2025」計画の下で、引き続き、学校に限らず企業での集団献血を働きかける計画が進んでいる。
こうした献血者の確保のための活動に加え、長期的な視点からの「人工血液の開発」にも関心が高まってきた。現時点では人工的な血液製造は不可能とされているが、その壁を突破しようとする試みが日夜続いている。日本女子大学理学部の佐藤香枝教授は造血組織の分化過程を解明し、力学的な刺激による人工的な血液の量産に道筋をつけようと奮闘中である。
また、iPS細胞を用いた造血研究も進行中である。とはいえ、遺伝子研究の応用という難しい側面もあり、実用化はまだ時間がかかりそうだ。こうした人工血液の製造が可能になれば、日本の新たな輸出産業になる可能性も出てくるに違いない。要は、日本赤十字社とすれば、血液事業の新分野を常に視野に入れながら、目の前の血液需要に滞りなく対応する体制づくりを使命としているわけである。
そんな中、日本赤十字社では「血液データ分析」にも力を入れ始めている。献血提供者の検査データを分析すれば、本人の気付いていない病状を把握することも可能になるからだ。採取した血液からはさまざまな病気の予兆や現状を知ることができる。「血の1滴で13種のガンを発見できる」とまでいわれるほどである。血液中に含まれる「マイクロRNA」と呼ばれる分子がガンの増殖や転移に深く関わっていることがすでに判明しているからだ。
国立がん研究センターを中心とした研究では、1~2滴の血液を採取し、このマイクロRNAを調べることで、さまざまなガンを高精度に検出できるという。患部から直接組織を採取する生検(バイオプシー)並みの高い精度でガンを発見できるため、受診者への負担が軽くなり、その成果への期待が高まっている。
さらに注目されているのが、新型コロナウイルスの中和活性(ウイルスなどの感染拡大を阻害する抗体)と高い相関性を示す血液中のIgG抗体(グロブリンというたんぱく質の一種)価を測定することで、数滴の血液から新型コロナウイルスの抗体を簡単にセルフチェックできる「採血キット」が開発されたことである。
とはいえ、赤十字として、こうした新たな知見や技術をどう活かすかは、今後の検討課題になっている。なぜなら、採血結果を活用するに当たっては、個人情報の扱いとの関係で、どこまで本人に検査データを開示するかは慎重な対応が求められているからだ。
なぜなら、本来、献血に来る人々は健常者であり、病気の発見を期待しているわけではないからである。しかし、実数は限られているものの、血圧のデータなどから本人の認識していない病気の予兆が確認されるケースもあるため、健康管理上は有意義な事業に発展する可能性もあるだろう。
実は、献血希望者の事前検査でHIVの陽性反応が検出される場合もあるという。そうした場合、本人は気付いていないことが多く、それが献血の事前チェックで判明すれば、早期の治療や周囲への感染拡大を防ぐことにもつながるだろう。
年間300万人もの採血者から得られる血液データは日本赤十字によってすべて長期間、保管されており、情報の宝庫となっている。血液は研究機関や研究者にとっては「よだれの出る」ほどの貴重なデータに違いない。
もちろん、これらは個人情報であり、日本赤十字社の判断だけで研究素材として提供できるものではない。しかし、厚労省との連携の下、日本医療研究開発機構(AMED)など国の研究機関との間で「国民の健康維持のためという目的であれば、政府ベースで研究に協力する可能性はある」といわれている。
要は、一滴の血からさまざまな健康情報が得られるわけで、治療や予防への道にもつながるのである。そうした可能性を秘めている血液を扱う日本赤十字社のはたす公的な役割は今後もますます大きくなるだろう。ひいては、日本発の新たな血液ビジネスに結実することもあり得る話といえそうだ。大いに期待できるのではなかろうか。
次号「第287回」もどうぞお楽しみに!
著者:浜田和幸
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