ウクライナ危機をチャンスに イーロン・マスクの商魂(前)
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国際未来科学研究所
代表 浜田 和幸今や世界一の大富豪、イーロン・マスク氏。電気自動車「テスラ」の株価が昨年末に1兆ドルを突破するなど、ビジネスチャンスを嗅ぎ分ける嗅覚はますますさえているようです。ウクライナ危機に際しても、マスク氏の動きはほかを圧倒しています。
プーチン大統領に決闘申し込む
ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻や民間人の殺傷を含む非人道的な行為によって、国際社会ではプーチン大統領を「悪の権化」のように扱うようになりました。日本もG7諸国と連動し、ロシアへの経済制裁を段階的に強化していますが、岸田総理も安倍元総理もプーチン大統領と直接向き合う考えはないようです。
そこで、何とマスク氏は「プーチンに決闘を申し込む」と、得意のツイッターでつぶやきました。するとマスク氏の思惑通り、世界中から「頑張れ、イーロン!」の大合唱です。マスク氏とすれば、「してやったり」と思ったに違いありません。
実は、ロシアから意外にも反応がありました。プーチン大統領の側近でもあるロシア宇宙開発企業「ロスコスモス」のロゴージン社長から、大統領に代わって返答があったのです。「小さな悪魔君よ、君はまだまだ若いね。プーチンに決闘を申し込むなど調子に乗り過ぎだ。格が違い過ぎるだろう。代わりに俺が相手になってやる。モスクワに来るか?」。これにはマスク氏も仰天したようです。
ロシアでもツイッターは普及しています。ロシア政府機関だけでも300を超えるアカウントが稼働し、政府の要人にもツイッターの利用者は多いようです。プーチン大統領もロシア語(フォロワー数360万人)と英語(同170万人)のツイッターを活用しているほど。ツイッターは欧米による経済制裁の対象にはなっていません。もちろん、ロシア発のフェイクニュースには監視の目を光らせており、頻繁に削除しています。
ウクライナ危機ではたす「スターリンク」の役割
マスク氏は以前から「2050年までに火星に移住する」と豪語していましたが、「今回のウクライナ危機の影響で若干遅らせざるを得ない」と軌道修正しています。実際は、火星でのコロニー建設計画が思うように進んでいないようです。ウクライナ危機はマスク氏に「格好の言い訳材料を提供してくれている」と言っても過言ではないでしょう。
とはいえ、商売上手のマスク氏のこと、ウクライナを支援するアメリカ政府に恩を売る作戦を見事に軌道に乗せました。彼の所有する「スペースX」が運用している数千台の通信衛星「スターリンク」を活用し、ロシア軍の通信傍受を行っているのです。
その結果、ロシアの戦車部隊や艦船の動きはもちろん、現地の指揮官の居場所も正確に把握できて、そうした情報をアメリカ軍経由でウクライナ軍に提供しています。ウクライナ軍にとっては、こうした情報はロシア軍との戦闘に勝利するうえでの「伝家の宝刀」ともいえます。すでに、現地で陣頭指揮を執っていたロシアの上級将校7人が死亡しています。これは前代未聞のことです。
それを可能にしたのが、スターリンクを活用して収集した情報でした。その影響で、ロシア軍の指揮命令系統はズタズタの状態といわれています。また、マスク氏は通信ネット環境が破壊されつつあるウクライナに対して、自前の通信衛星を使ったインターネットサービスを提供しています。
それに加えて、戦争の行方を大きく左右する情報収集の分野でも決定的な役割をはたしているわけです。ウクライナ軍はスターリンクの衛星情報を駆使し、ドローン攻撃によってロシア軍の戦車を破壊したり、前線の将校を狙い撃ちしたりしています。
敵対行為と見なすロシア
マスク氏の貢献に対して、バイデン大統領はNASAの宇宙開発計画をスペースXに発注することになるでしょう。ウクライナのフェドロフ副首相がツイッターを通じて、マスク氏に「スターリンクでの情報共有をお願いしたい」と要請したことに対し、マスク氏は即座に「わかった。スターリンクのターミナルをウクライナに提供し、支援したい」と応じていたのです。
しかも、ゼレンスキー大統領による自国民への演説や諸外国の議会への「支援要請のスピーチ」は、すべてマスク氏のスターリンクを使って行われているのです。当然ながら、ロシアはスターリンクの通信衛星を撃ち落としたり、地上のターミナルの破壊を試みたりしています。とはいえ、十分な成果は出ていません。なぜなら、マスク氏のアドバイスでスターリンクの稼働を制限し、必要最小限にしているため、ロシア軍が標準を合わせにくい状況になっているからです。
そうしたマスク氏の行動は、ロシアにとっては「非友好的」どころか、「敵対行為」と見なされています。前述のロゴージン社長はマスク氏のことを「軍事行動への介入者」と見なす発言を繰り返しているほどです。
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ウクライナ危機をきっかけに過熱する宇宙戦争とはいえ、マスク氏は一向に怯むわけではなく、「ウクライナのインターネット環境は悪天候か何かで困った状況に陥っているようなので、スペースXの力で手助けしているだけの話」とサラリと聞き流しています。なかなかの腹のすわった対応ぶりです。
(つづく)
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。関連キーワード
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