現場の社員をどう生かすかが「企業再生の鍵」
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社員のモチベーションが企業の力
伊藤隆宏『倒産の9割は回避できる 非常識な経営の成功法則』(日本之書房)を読んだ。「叩き上げ」を自負する中小企業を対象とする経営コンサルタントによる作品だ。
本人の記述を借りると、叩き上げを自負するのは、MBA取得者のようなエリートとは違う観点で経営を捉えることができるからだ。従業員が1万人を超えるような大企業であれば、MBA理論も有効だろう。しかし、圧倒的大多数である大企業以外の企業において、エリートの経営理論は机上の空論に過ぎないことが少なくない。
銀行員として、経営コンサルタントとして、多種多様のありようを見てきた伊藤氏はこう断言する。「企業活動の鍵を握るのは『人』であるということだ。人を正しく見ることができて、人を正しく動かすことのできる経営者は成功する」。
企業再生の成功事例として、人を生かせる組織だったため成功した近畿地方にある売上高30億円ほどの地場シティホテル兼観光ホテル。失敗事例として、地方都市を代表するような優良企業だった売上高100億円強の家電OEMメーカーが、ワンマン社長のプライドが邪魔して暴走したケースを挙げる。これらを例に、企業経営においては人材の活用がいかに重要かを示す。
「社員のモチベーションこそが企業の力となるのだが、そのことを知らない経営者や無頓着な経営者が思いのほか多い。経営とは、金を動かすことではなく、人を動かすことを認識すべきだ。そうすれば自ずと金も動くようになる」
「人を動かすためには、相手の懐に飛び込まなければならない。大企業は別だが、経営者は社員それぞれの個性、持ち味を把握したほうがよい。経営者が社員を理解したとき、社員は経営者を信頼する」
企業は最終的に資金繰りが行き詰まって倒産する。資金繰りさえたもたせることができれば、その間に赤字の原因を解消して、経営を立て直すことができる。伊藤氏は、倒産する企業の9割は、銀行との信頼関係を強化することによって、倒産を回避できると考えている。
経営破綻に至る企業の多くは、「銀行に隠し事をしていた」「経営陣が銀行とのつきあい方を根本から誤っていた」からで、それは銀行とうまくつきあえば、倒産しないことを意味している。銀行の審査部にいた伊藤氏は、銀行から融資を受ける方法を熟知している。無担保で融資を受ける裏スキルをはじめ、銀行員だったからこそ書ける銀行とのつきあい方を伝授する。
「無担保かつ資金なしで事業を始めようとするなら、『見せ金』『紹介者』『事業計画のチェック役』は必要。3つのうちどれが欠けても融資は受けられない。反対に、3つが揃っていれば期待は大きい」
無担保での融資の受け方とはどういうことか。その裏技は、読んでのお楽しみだ。
若手銀行員時代は「ヤクザ組織」が得意先
伊藤氏は1961年生まれ。大学卒業後、大手銀行に入社。営業を担当した後、自ら志願して企業再生の部署に異動。さまざまな企業の再生に現場で取り組んだ。約20年間、銀行に勤務した後、コンサルタントへの道へ進む。
随所に銀行時代のエピソードを記しており、これが抜群に面白い。大学卒業後に入った銀行は、東大卒や京大卒が多く、ヒエラルキーは下の方だった。配属されたのは、経営陣がほとんど関心をもっていないリテール中心の部。超パワハラ部長をはじめ、問題のある社員も多く、早い話が“吹き溜まり”だった。
パワハラ部長は「24時間態勢」が口癖で、男性社員は全員、部長が退社する午後10時より早く退社することを許されなかった。怒鳴りまくる恐怖政治が常態化しており、部長に異を唱える行員は遠隔地の支店に飛ばされた。
対抗手段を講じないと精神的によくない。銀行は基本的に2~3年で部長が代わる。部長のパワハラに苦しめられていた行員は、部長が異動になるまでの間、わざと成績を上げなかった。売上につながる案件であっても、ためておいたのだ。
パワハラ部長がいなくなり、新部長がやってきて、皆がやる気になった。それまでためていた案件を進めると一気に成績が上がった。新部長はパワハラ部長とは対照的に褒めるタイプの部長だった。新部長は高卒の叩き上げで、パワハラ部長は一流大学を出ていた。学歴と社会的IQ(知能指数)は無関係ということだ。
外回りの営業担当だったとき、あるヤクザ組織の組長が得意先だったという話も面白い。まだ反社とのつきあいが現在ほど問題視されなかったバブル期の話だ。ある信用金庫の審査部長の紹介で不動産会社に融資したが、その会社が組長の姐さん(大姐さん)の弟が経営するフロント企業だった。融資の取引先なので、月に1度、不動産会社を定期的に訪問。そのうち、姐さんに気に入れられ、毎月3,000万円を預けられるようになった。
組長の自宅は、ヤクザ映画で見るような、絵に描いたような大邸宅。姐さんが用意している3,000万円は、銀行の帯封が巻かれていたことなど1度もない。下部組織から送られてきた上納金が、バラのお札のまま袋に入れられている。
「組長宅を辞して、私が真っ先にしていたことは、タクシーを呼び、最寄りの駅に行くことだった。そしてトイレに入り、鞄に押し込んだ1万円札を数えるのである。それはいつもぴったり3,000万円。1年少しの間、1枚でも多かったことも少なかったことも、1度もなかった」
反社との取引は、現在では犯罪行為だが、一時期でもヤクザの世界の一端に触れることができたのは、得難い経験になったという。
リテール部から異動することになった際、伊藤氏は業績不振企業や倒産企業の処理を担う部署を志願した。この部署での仕事はとても重要であるにもかかわらず、誰も行きたがらない部署だった。
「所詮エリートではない私は、あえて裏街道を進む道を選んで、企業再生の実力を培うことができた。その後、私は転職して専門性に磨きをかけ、独立して今日に至っている」
数々の修羅場をくぐり抜けてきた伊藤氏だから書ける倒産を回避する方策。中小企業の経営者は一読する価値があるだろう。
【経営評論家 秋月 太郎】
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