2024年09月15日( 日 )

続・日本は「食えなくなる」のか?(後)

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穀物は世界の食生活の柱

 同じような危機は以前もあった。世界の穀物価格のシンギュラリティ(転換点)といわれたのが2007年から翌年にかけての小麦など穀物、飼料価格の急騰だ。世界的な天候不順で未曽有の高騰となった。その後、生産は回復したが、中国など新興国の経済成長による需要増もあり、価格の推移はほぼ当時の予測通りとなって現在に至る。小麦などの穀物だけでなく、肉類やパーム油などの主要輸入食糧の価格は、それぞれ当時の1.5倍から2倍超になっている。

 世界の穀物生産と供給が安定し、為替が100円程度の場合、食糧危機などは起きない。しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻やアメリカ、カナダ、ブラジルなどの穀物産地が温暖化に起因するといわれる干ばつや豪雨による不作といった悪条件に見舞われると、穀物価格の高騰が予測され、為替の事情によっては、今の価格からさらに数倍値上がりするということにもなりかねない。

    穀物は世界の食生活の柱の部分である。その柱が揺らぐということは、それを取り巻く肉や魚など、その他の周辺食糧にも価格の面で大きな影響を与える。

 世界の人口が増え続け、異常気象が常態化し、穀物輸出国でさえ、自国産の穀物を抱え込むことを余儀なくされる。それが現実になれば金があっても海外から食はやってこない。

 全国の荒廃農地面積は28万ha。全農地400万haの7%、ほぼ埼玉県の面積に匹敵する。就業人口も140万人を切るところまできており、その70%が65歳以上だ。

 いうまでもなく、営農にはコストのほかに栽培技術が必要だ。しかも肥料原料や種苗の海外依存度も高い。いわゆる自作農による国内食糧供給の危機である。 

 急ぐべきは農業の企業体への開放だが、それを積極的に推進する様子は我が国の政治には見られない。

食戦略の見直しを

 気候は温暖だが、平地が少なく、コメ以外の主食的作物の栽培環境に恵まれているとはいえない我が国の実情を考えると、そう安閑とはしていられないはずだが、今の穀物価格の高騰を前にしても本格的な食糧戦略の議論はなかなか見えてこない。今後の気候変動、紛争、為替など複雑化する価格決定要因を加味すれば、我が国の食料事情の先行きは極めて悲観的だ。

 戦後、自宅の庭園や野球場が芋畑になり、その芋だけでなく芋の茎まで食べた歴史を忘れてはなるまい。

 数年前、福岡市内のスーパーにその芋の茎が並んだことがある。もちろん、それをどう調理するか主婦のほぼすべてが知らなかった。たとえそれを知り、「昔懐かしの食材」と思っても今さら、芋のツルを食してみようなどとは誰も思わない。もちろん、どう調理していいかもわからない。当然、それはあっという間に売り場から姿を消した。

 かつて、国内で食えなくなった人々は南米や北米・西海岸に移民として新天地を求め、決して小さくはない苦労をした。さらに隣国に満州国という移民の地を設け、そこに移った我が国の人々は戦争という悲惨な事件の後、帰国を余儀なくされた。

 食えなくなるということが、庶民の暮らしを根底から混乱させることは中東やアフリカの事例を見るまでもなく、我が国の近代史を振り返っても容易にわかる。しかし、過去を忘れることが世界で最も得意な日本人にその洞察力は期待できない。

 気候変動と戦争という予測しがたい事件が招いた今回の穀物高騰だが、これを契機に改めて食の戦略を見直すべきだろう。

 とくに国のかじ取りを担う国会議員には国政選挙前になるとセレモニーのように繰り返す内閣不信任や週刊誌をにぎわす低レベルの行動、目先の利益誘導的な活動だけでなく、国の食戦略をしっかり論議してほしいものだ。我々もいま、それを声高に叫ぶべきかもしれない。

(了)
【神戸 彲】

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