2024年07月16日( 火 )

「ジャック・マー時代」に幕

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中国 イメージ    1978年からの改革開放でさまざまな業界に力が注がれ、どの分野にも活気が生まれていった中国で、インターネットの将来性に支えられたジャック・マー氏は、世界的に名の知られた実業家となっていった。

 マー氏は、ネットショッピングの問題を処理するためにタオバオを引き寄せ、通販の信頼性を固めるためにアリペイを引き寄せ、そのアリペイはスマホ決済の普及に大きな役割をはたし、マー氏が打ち出したアントフィナンシャルはとりあえずお金が必要な人向けに低利息融資を提供した。こうしてマー氏がITの各分野で成功を収めたゆえに、「ジャック・マー時代」などと呼ばれるようになったのである。

 マー氏は2019年に最終講演を行ってアリババを引退し、張勇氏がCEOを務めることになったが、今でもそう、テンセントといえば馬化騰(ポニー・マー)氏を連想するように、アリババというとマー氏を思い浮かべてしまう。マー氏はたしかにアリババの心の支えであり、数々の業績を収めたほか、アリババの通販サイトとがっちり手を組んだアント・グループを統括したわけである。

 アリペイの親会社であるアント・グループは、アリババが産んだ一番の出世頭であり、タオバオを利用しない人でもアリペイは日ごろ使っていることだろう。アリペイはもはや単なる気軽で簡単な決済ツールではなく、財テクや融資のツールともなっており、上場当初の2兆元(約40兆円)という時価を見ても、アント・グループの影響力はアリババに匹敵するものである。

 アリババもアントもマー氏が立ち上げたゆえに、両社は同族企業である。公の場を退こうとしていたマー氏だが、このIT時代の背後で相変わらず大切な役割を演じていた。

 ところが、今年7月の終わりころにアリババは、「ジャック・マー時代」を過去帳入りさせる、という大きな決断を下した。アリババの公式文書によると、2064年に満了する予定だった「データ共有契約」を終了することでアント・グループと同意した。この契約は事実上、マー氏の終身制を定めたものであったが、42年前倒しでけりが付けられた。同時にマー氏はアントの「永久パートナー」という身分を失い、アントの幹部が続々とアリババの「パートナー陣」から離脱した。これは何を意味するのだろうか。アリババはこれまで10年以上に渡り、この「パートナーモデル」を原動力として力強く前進してきたのだが、それが今や上から下まで、データからパートナーまでアントを「切り離す」ことになった。つまり今のアリババはもう姿を変えてしまい、ジャック・マー時代のアリババは二度と戻らない、ということなのである。

 アリババ系の事業はえてして、決済アプリは自社のものと限定するか、あるいは推奨していることが多く、豊富な資源を利用して成長を促してきたわけであったが、アントを切り離した今、双方の関係は「提携」関係となり、アリババは主要アプリを運営するにあたり、取り組みの「多元化」が可能になる。これはアント・グループも同じである。

 マー氏が10年以上も順調に歩を進めた根本的な理由は、中国のIT業界の成長という風に乗ったからである。しかしITの独占に待ったをかけられ、資本のむやみな拡張に網がかけられた今、アリババとアントを「切り離す」という決断はそう、健全かついい意味の競争をする時代がIT業界に訪れ、「ジャック・マー時代」が過去帳入りするということを裏付けるものである。

 アリババとアント・グループはここ1年あまり、規制当局から業務の是正勧告を強く受けており、今年57歳になるマー氏もその対象となっていた。今回の規制はアント・グループのマー氏に対する依存度を低下させることが狙いのようである。

 ネットバンクをメイン業務とするアント・グループは2020年、アメリカのナスダックヘの上場計画が直前で中国当局に待ったをかけられ、340億ドルの融資計画が水泡に帰した。上場していれば時価は3,000億ドル(約40兆5,030億円)に達するとみられていた。

 この後、当局は即座に行動を起こし、ネットバンクについて、金融業務などは許さず株の投資や管理のみを行う会社に改める措置を取り始めた。マー氏は、2019年にアリババの支配者から引退すると発表していたが、アント・グループに対して株式の50.52%を所有している上、絶大な影響力をもっていた。よって当局側は、このままではアントはマー氏の影響を交わすことが難しいと判断したのである。

 マー氏に対し、アント・グループの株の所有を認めず、またその株をアリババなど関係の深い個人や団体に移転することも許さないとの措置が取られた模様である。すなわち政府の金融規制当局の目的は明白で、マー氏を追放することである。

 マー氏は、2020年10月に上海で行われた外灘(バンド)金融サミットで、中国の系統的な金融リスクに対する当局の評価を批判したことが運の尽きだったと見られている。「中国は金融体系も確立していない状態で、『系統的な金融リスク』などという資格はない」とマー氏は公言した。中国の金融業は急成長している段階で、「駅を管理する方法で空港を管理してはだめ。昨日の方法で明日を管理するなどなおさら不可」と考えたのである。

 この会議の後、アリババに次々と是正勧告が入り、すぐにアリババとアントに対する本格的な規制が始まった。アリババは昨年4月に、独占禁止法に違反したとして、過去最大となる182億元(約3,596億円)の制裁金を支払うよう指示が出されている。

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 マー氏の去ったアリババは、政府の度重なる規制や消費の伸び悩み、コロナのぶり返し、同業他社との競争を経て、2022年の前半にモデルチェンジというべくさまざまな「方向転換」を進めている。誕生から23年が過ぎ、「歴史的な転換点」に立っているのである。


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