2024年12月23日( 月 )

マイナス実質金利の下でのドル高進行(中)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は9月14日号のマイナス実質金利の下でのドル高進行~米国のマイルドランディングを可能とする2大要因~」を紹介する。

(2)2022年の大きなポジティブサプライズドル高 

長期ドル高時代が継続中

 2022年に大きく変化したことはドル高である。主要国通貨加重平均でみたドル指数、ドルインデックスは過去一年間で92から110へと19%上昇した。武者リサーチは一貫して米国のイノベーションの強さと長期ドル高トレンドを主張してきた(「コロナ時の一時的ドル安が終わり、2011年をボトムに始まった長期ドル高トレンドが続いていくことになる、と想定される。」(「ドル高・円安で日本の価格競争力向上、企業収益急伸へ(前)」)が、それが実現している。

図表6: ドル実質実効レート推移/図表7: ドルインデックス推移

ドル高が何重もの米国経済の支えに

 このドル高が、①輸入物価引き下げによる米国内インフレの抑制、②米国人の対外購買力の増大、③米国への資金流入による米長期金利の抑制、となって何重にも米国経済を押し上げている。同じインフレ下ではあるが1970年代の高インフレ時代のドル安とは正反対の経済効果をもたらしている。

物価抑制、1割のドル高でCPIを最大1.3%押し下げる

 インフレリスクに対してドル高は好都合、ドル高で輸入物価が安くなる。米国は年間2.8兆ドル(364兆円)の財輸入がある。前年比10%のドル高は2,800億ドル(37兆円)の輸入価格低下効果をもたらす。そのすべてが米国輸入業者と米国消費者にもたらされるわけではない。しかし、米国の年間消費額は17兆ドルなので、それがすべて消費物価に反映されると仮定すれば、消費者物価を最大限1.3%押し下げる(=実質購買力を押し上げる)効果をもたらす。

 他方、ドル高のマイナスは米国企業の対外価格競争力の低下だが、今米国企業が他国と価格で競争をしている品目は自動車などごくわずかである。大半は半導体製造装置など技術・非価格競争優位のある商品であり、ドル高になっても競争力が低下する恐れは小さい。GAFAMなど海外に競合企業がない場合、ドル高によるコスト上昇は現地販売価格の上昇で対応でき、その場合米国の経常収支を改善させる。図表8は米国の巨額の財貿易赤字と大幅なサービス・所得黒字の推移であるが、ドル高は財輸入額をドルベースで大きく引き下げ、他方でサービス価格はドルベースで維持される可能性が強く、経常収支を大きく改善させていくだろう。

図表8: 米国経常収支とその内訳推移

米国覇権の秘密兵器ドル

「最も重要なことは、ドルが米国の秘密兵器であるかもしれないことである。ドルは時として米国の地政学的目的達成のために使われてきた。かつて対日、今後は米中対立の戦略手段としてドルが利用されるだろう。米国の喫緊の優先課題、中国排除のグローバルサプライチェーン構築にとってドル高は必須であると考えられる」(前掲「ドル高・円安で日本の価格競争力向上、企業収益急伸へ(前)」)。

 ドル高は覇権国米国にとって有利、かつ必須である。今唯一の世界通貨ドルは、何の裏付けもいらず自由に印刷・発行できる米国の特権である。ただで印刷できるドルが強いならこんないいことはない。リスクは①ドル価値の減価=インフレ、②ドル基軸通貨の地位喪失、の2つだが、当面その恐れはほとんどない。図表9は主要国の累積経常収支≒対外累積債権債務であるが、米国のみが巨額の累積債務を続けていることがわかる。対米国債権が各国の支払い準備なのであり、米国は世界最大の債務国、イコール唯一の巨額の世界マネー供給国なのである。

図表9: 主要国の累積経常収支(≒対外純資産)推移

圧倒的米国力優位、とくにイノベーションが顕在化

 「なぜ、今ドル高なのか」だが、米国国力の圧倒的優位が鮮明になったから、というほかない。米国は世界最大の石油・天然ガス産出国かつ純輸出国である。また世界最大の穀物輸出国でもあり、エネルギー穀物価格の上昇は米国にとってプラスである。製造業の衰退が強調されるが、先端産業での競争力は圧倒的である。中国を除く世界のインターネット・サイバー空間を米国のGAFAM5社が支配しており、その技術力イノベーションの力は他国を寄せ付けない。また基軸通貨ドルを通して世界の金融を支配している。

 ドル高になると中国との経済格差、金融格差は開くことになる。図表10は主要国の名目GDP推移であるが、日、ユーロ圏に続いて米国も中国に追い抜かれると信じられている。しかしドル高・人民元安が進行していくと中国はいつまでたっても、米国に追いつけなくなる。ドル高、人民元の減価が米中対立において米国を大いに有利化するだろう。

図表10: 米中日欧(ユーロ圏)の名目GDP推移

(つづく)

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