2024年12月23日( 月 )

核戦争へ? 長期化するウクライナ戦争のさらなる危機(1)

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元国際基督教大学教授 高橋 一生 氏

 ロシアのウクライナ侵攻が始まってまもなく8カ月になるが、今、私は初めて核戦争の危険を感じている。9月半ばに始まった危機は11月半ばから年末にかけて大きな山場を迎えるものと思える。その状況、そして、その先について考察する。

プーチン大統領の判断

ロシア国旗 イメージ    ロシアの核使用はまずプーチンの判断にかかっている。核兵器をめぐり、広島、長崎への投下以降、いったいどんな意味があるのか真剣に吟味されてきた。その結果、国際社会は、核兵器は弱者の究極の兵器であるという共通認識に至った。冷戦初期のヨーロッパにおいて、陸軍において優勢なソ連軍に対して米国を中心としたNATO軍が核武装により対応したことから、このような認識が徐々に一般化した。

 ソ連崩壊後、ヨーロッパにおいては反対にNATO拡大によりロシアが劣勢に立たされているが、ロシアは小型の“使える”核兵器(広島、長崎投下の原爆が16キロトンだったのに対して1キロトン)を開発した。プーチン大統領はこの十数年、ことあるごとに核兵器使用をちらつかせてきているが、それは軍事的弱者の宣言のようなものであり、国際社会に対して使用可能な核兵器を所持していることの確認でもある。

 ロシアの核使用の条件をめぐって、ロシアによる各種の発表を基に多様な分析がなされてきた。2020年、ロシア自身が、おそらく政府あるいはプーチンの発言に信憑性を付与するために、「条件」を公表した。『核抑止の分野におけるロシア連邦の国家政策の基礎』という文書である。それによると、核兵器使用の最終決定者はプーチン大統領であり、以下の状況において使用が決定される。

・ロシアおよび(または)その同盟国の領域を攻撃する弾道ミサイルが発射された場合
・敵が核兵器またはその他の大量破壊兵器を使用したとき
・死活的に重要なロシアの政府施設または軍事施設に対して敵が干渉を行ったとき
・通常兵器を用いたロシアへの侵略によって国家が存立の危機に瀕した時

 一進一退を繰り返してきたロシアのウクライナ侵攻は、8月末ごろからウクライナ東部および南部においてロシアの劣勢が顕著になり、ロシアは9月21日に予備役の招集という名目のもとに兵力増強を図らざるを得なくなった。その招集自体をめぐり、数合わせという批判を招いたこと、若者が数日のうちに70万人以上が国外に逃げ出したこと、政府に対する抗議運動に火が点き、政権内部からも政府批判が出始めていることなどが伝えられるようになった。

 そのような状況で、ロシアは10月4日に東部・南部4州を併合、プーチンは同地域に対する攻撃は「通常兵器を用いたロシアへの侵略」であると宣言した。このような背景のもと核使用をほのめかせたのである。あとは「国家が存立の危機に瀕した時」かどうか、ということになる。

 さらにプーチンは10月8日のクリミアとその東部のロシアを結ぶクリミア大橋(通称・プーチン大橋)が部分的に破壊されたことを受け、プーチンは10月9日にこの破壊活動はウクライナ当局の関与のもとの“テロ活動”であり、ロシアは大量の反撃に出る、と宣言した。実際、同日に80発以上のミサイルがウクライナの首都キーウを含む広範な地域に打ち込まれ、ウクライナ当局はうち45発を撃ち落としたことを発表。ウクライナは翌10日には16都市に同数程度のミサイル攻撃を受けたと発表した。

 これは戦争の新局面の始まりなのか、単に劣勢となったロシアの悪あがきなのか。後者の可能性が高いが、今後の進展を見極める必要があろう。本論考との関係でいえば、プーチンがプーチン大橋の破壊に対して戦術核の使用をもって応えるという判断をしなかったことが確認された点が重要である。

(つづく)


<プロフィール>
高橋 一生
(たかはし・かずお)
 元国際基督教大学教授。国際基督教大学国際関係学科卒業。同大学院行政学研究科修了、米国・コロンビア大学大学院博士課程修了(ph.D.取得)。経済協力開発機構(OECD)、笹川平和財団、国際開発研究センター長を経て、2001年国際基督教大学教授。東京大学、国連大学、政策研究大学院大学客員教授、国際開発研究者協会会長を歴任。「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)、「リベラルアーツ21」代表幹事、などを務める。
 専攻は国際開発、平和構築論。主な著書に『国際開発の課題』、『激動の世界:紛争と開発』、訳書に『地球公共財の政治経済学』など多数。

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