核戦争へ? 長期化するウクライナ戦争のさらなる危機(3)
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元国際基督教大学教授 高橋 一生 氏
ロシアのウクライナ侵攻が始まってまもなく8カ月になるが、今、私は初めて核戦争の危険を感じている。9月半ばに始まった危機は11月半ばから年末にかけて大きな山場を迎えるものと思える。その状況、そして、その先について考察する。
「岩盤」のゆらぎ
プーチン支持の岩盤層について、はシロビキ(治安・国防関係省庁幹部職員およびその出身者)のみならず、国民のかなり広い層も加えてよいだろう。1990年代に塗炭の苦しみを味わった年齢層にとっては、プーチン指揮下で復興したロシア、かつ強いロシアは何よりも得難いものなのであろう。加えてプーチンの言説は「大多数のロシア人の自由意志によって受け入れられている」。たとえ我々の常識と大きくかけ離れていても、その言説が受け入れられていれば、リーダーとしての立場は揺るがない。
しかし社会・経済の現実は、長期に渡る欧米日の経済制裁によって厳しさを増しており、戦場の現実が社会に不安をもたらし始めると、岩盤は一気に崩れ始める可能性がある。その一歩手前で、その先の状況を防ぐためにプーチンがあらゆる手段を使うかもしれず、その際に目を外にそらすために戦術核の使用ということもあるかもしれない。その状況で核使用の4条件(連載1に記載)は満たされるのか。核兵器は弱者の兵器であるが、この場合は国内で弱者に転落しそうなるリーダーの対外的兵器ということになる。
盤石の支持基盤を誇っていたプーチンであるが、岩盤に亀裂が生じはじめた現在の状況は、戦術核使用との関係で要注意である。
国際環境
リアリスト・クリスチャンであるプーチンにとって、戦術核の使用を判断するに際し、国際環境をしっかりと認識することが極めて重要である。プーチンはヨーロッパから大西洋にかけてのいわばNATO世界とアジア・太平洋という二大勢力圏の中心に拡大ロシアを位置付けるという長期構想をもっており、その第一歩である対ウクライナ戦争は、国際環境をにらみつつ展開させるのは当然である。
プーチンは誇大妄想的でありながらも、一方で厳しい現実主義者でもある。現在の世界政治の中心は米中覇権争いであることはよく理解している。2月の北京オリンピック開幕時の習近平との会談においては結果として習近平を騙したことになった。そして9月の上海協力機構サミットでは習近平にお灸をすえられた。これが繰り返される事態はどうしても避けなければならない。従って、10月16日に開幕した中国の第20回党大会会期中から直後においては、戦術核の使用は絶対に避けなければならない、ということはプーチンにとって大前提であろう。中露間のコミュニケーションはかなり密になっている様子がうかがえる。
また、ロシアがウクライナに対して戦術核を使用する場合、ウクライナ東部・南部およびクリミアのロシア軍を殲滅させ、さらにその核攻撃がポーランドなどのNATO加盟国に影響を与えた場合にはNATO条約第5条の集団的自衛権を発動し、ロシア本国への核兵器による反撃を辞さないという明確なメッセージをバイデンとNATO首脳が発したことも考慮せざるを得ない。11月の米国議会の中間選挙およびその直後は米国が極端な反応をしがちなので、その期間はプーチンも戦術核使用には極めて慎重にならざるを得ないであろう。米国とロシア間のコミュニケーションも十分に歴史を積み重ねてきたことをうかがわせる。
しかし、11月後半になると中国と米国に関わる戦術核使用の壁がかなり低くなり始めるかもしれない。これが私がウクライナ戦争が始まって以来初めてプーチンの戦術核使用の危機を感じる主な理由である。
(つづく)
<プロフィール>
高橋 一生(たかはし・かずお)
元国際基督教大学教授。国際基督教大学国際関係学科卒業。同大学院行政学研究科修了、米国・コロンビア大学大学院博士課程修了(ph.D.取得)。経済協力開発機構(OECD)、笹川平和財団、国際開発研究センター長を経て、2001年国際基督教大学教授。東京大学、国連大学、政策研究大学院大学客員教授、国際開発研究者協会会長を歴任。「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)、「リベラルアーツ21」代表幹事、などを務める。
専攻は国際開発、平和構築論。主な著書に『国際開発の課題』、『激動の世界:紛争と開発』、訳書に『地球公共財の政治経済学』など多数。関連記事
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