2024年11月22日( 金 )

ウクライナ危機によせて、今こそ国連改革を(1)

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元国連大使
元OECD事務次長
谷口 誠 氏

名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

 ロシアによるウクライナ侵攻は、国連の安全保障理事会の機能不全という問題を再びクローズアップさせた。元国連大使の谷口誠氏は、いまこそ国連の在り方を問い直すべきであり、日本は来年から安保理の非常任理事国となる機会をいかして改革を進めるべきと提唱する。また、谷口氏同様に豊富な海外勤務経験を有する日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏は、ロシアと関係の深いインドと連携し、話し合いによるウクライナ問題の解決を図るべきだと主張する。

(聞き手:(株)データ・マックス代表取締役社長 児玉 直)

国連安保理改革を

 ──国連の安全保障理事会の常任理事国は、メンバーが77年も変わっていません。組織上大改革を行わないと維持できないと感じます。

 谷口 今般のウクライナ危機においてもそうですが、拒否権を持つ五大国のやり方を見ていると、国連の弱体化に関してはロシアのみならずアメリカなどにも責任があります。五大国が牛耳る現状を変えていかないと世界は良くなりません。

 争点の1つは国連に代わる組織を設立するかどうかです。アメリカは国連設立当時、投票権について1国1票を主張したほど理想主義を強く掲げており、負担金の約75%を支払うほどおおらかでしたが、その後は1国1票に矛盾を感じ始めました。国連の在り方を変えたのはアメリカ自身です。今後の大きな課題は、どのような組織にしていくかということであり、ウクライナ危機はその課題解決に取り組む1つの契機になると考えられます。

 ──ただ、五大国が譲るとは考えにくく、国連改革を平和裏に進めることはできるのでしょうか。

 谷口 これに関して最近希望を感じたことがありました。岸田文雄総理が、9月の国連総会での演説で安保理改革を強く提起したのです。安保理改革について、「30年近く議論を重ねてきたものの、進歩が見られず機能不全に陥っている」と、従来の総理演説よりもずっと踏み込んで指摘し、見直す機会だと明言したのです。そして総会こそが全加盟国を代表し、国際社会の大義を示す唯一の普遍的な機関であるとして、それを強化するために努力しようと訴えました。日本は来年再び安保理の非常任理事国になりますので、改革のチャンスはあると感じました。岸田総理とは外相のとき何度か会いましたが、話をよく聞いてくれるだけでなく、丁寧に答えてくれる人という印象を受けました。

 改革を進めるに際し、ロシアが拒否権を行使することが予想されます。2020年までの時点で拒否権をもっとも多く行使したのがロシアの116回、次が米国の82回、英国の29回、フランスおよび中国が16回ずつです。国連が拒否権の行使を制限し、国連憲章を改革していかないと世界の平和が保てません。

 アメリカは世界平和のために武器を供出し、国連にも多くの予算を支出してきましたが、国力は相対的に落ちており、従来のような役割を果たせるかについては認識を改めないといけません。フランスは拒否権の行使が少なく、外交上の知恵を有する国であり、世界銀行、IMFなどで大きな役割を果たしています。

 日本はフランスのほか、スウェーデン、フィンランド、オーストラリアなどといった世界の平和を真剣に考えている中規模の国家と組んで、国連の改革を進めていくのが良いと思います。それがロシアに対する1つの大きな牽制になります。クアッド(日米豪印4カ国)の一員であるインドは今後大きな役割をはたすでしょう。

谷口誠氏(左)と中川十郎氏
谷口誠氏(左)と中川十郎氏

欧米─ロシア関係の変化

 中川 ウクライナ情勢は非常に難しい局面に入っています。現在のウクライナ問題、ロシア・中国の関係および、ポスト・チャイナと言われているインドについてどう認識していますか。

 谷口 1994年12月、ブタペスト(ハンガリー)で開催された欧州安全保障協力機構(OSCE)の首脳会議において、コール・ドイツ首相、ミッテラン・フランス大統領、クリントン・アメリカ大統領、エリツィン・ロシア大統領ら欧米とロシアの首脳が集まりました。エリツィンは欧米の首脳に対し、「NATOの敵はどこか」と食い下がって問うており、コール、クリントンらは、面と向かって「あなたの国だ」とはいえず、ぼかしながら話していました。ただ、彼らの間にはお互いに信頼関係があり、食事の際は和気あいあいとした雰囲気で酒を楽しみながら会話をしていました。この点で、今のプーチン大統領の世代との違いは非常に大きいです。

谷口 誠氏
谷口 誠氏

    ヨーロッパとロシアの間の長期にわたる大きな問題の1つがNATOの東方拡大です。NATOの拡大にロシアおよびプーチン大統領が反発してきたという背景が今回のウクライナ危機の契機にもなっています。このように政治家間の信頼関係がないことが最大の問題であり、時代が変わりました。アメリカとロシアの対応次第では人類が絶滅の危機に陥る危険性があり、戦後最大の危機ではないかと思います。今後、世界の政治家はこの事実をしっかり認識する必要があります。それを防ぐための国連の強化が今後国際社会のメインの課題となっていくでしょう。

 プーチンは核兵器を使用するとの脅しをかけています。エリツィンが日本の指導者との間に信頼関係があったのに対し、プーチンの言動は外交上理解しがたいところがあります。広島・長崎に投下されたような大規模な核兵器の使用は考えにくいのですが、追い込まれた場合にどのようなかたちで使用するか読めず、高い確率で核兵器を使用するかもしれないと警戒心を強めておくべきです。ロシアは化学兵器を含めいろいろな兵器を使います。

 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣は、プーチンのもとで10数年外務大臣を努めており、経験豊富なやり手の外交官です。ロシアの今のやり方を抑えていくのか注目しています。ロシアにもプーチンに対する反対勢力は存在しますが、専制政治で抑えています。

 世界にロシアを抑える勢力がないことを残念に思います。アメリカは武器を提供しているが兵士は出していないこと、アフガニスタンから撤退したことをロシアもよく見ている。アメリカの力も落ちてきたときに今後、誰が世界の平和を守るのかというと、国連を強化する以外にありません。

(つづく)

【文・構成:茅野 雅弘】


<プロフィール>
谷口 誠
(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在、「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、(一財)アジア・ユーラシア総合研究所代表理事。著書に『21世紀の南北問題―グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)、『東アジア共同体 経済統合の行方と日本』(岩波新書)など多数。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国科学技術競争情報学会競争情報分会国際顧問など。共著に『見えない価値を生む知識情報戦略』、『国際経営戦略』(同文館)など、共訳書ウィリアム・ラップ『成功企業のIT戦略』(日経BP)、H.E.マイヤー『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)など多数。

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