2024年12月22日( 日 )

ウクライナ危機によせて、今こそ国連改革を(3)

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元国連大使
元OECD事務次長
谷口 誠 氏

名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

 ロシアによるウクライナ侵攻は、国連の安全保障理事会の機能不全という問題を再びクローズアップさせた。元国連大使の谷口誠氏は、いまこそ国連の在り方を問い直すべきであり、日本は来年から安保理の非常任理事国となる機会をいかして改革を進めるべきと提唱する。また、谷口氏同様に豊富な海外勤務経験を有する日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏は、ロシアと関係の深いインドと連携し、話し合いによるウクライナ問題の解決を図るべきだと主張する。

(聞き手:(株)データ・マックス代表取締役社長 児玉 直)

谷口誠氏(左)と中川十郎氏
谷口誠氏(左)と中川十郎氏

多層的な外交を

 ──インドとの連携を含め、日本はどのような外交を構想すべきでしょうか

 中川 安倍元首相の国葬に、インドからはモディ首相が来日しました。インドの独立にはガンジーの非暴力主義が寄与しており、日本は聖徳太子以来の「和をもって尊となす」の精神をもってインドと連携していければよいと思います。

 谷口 日本外交は近年「自由で開かれたインド太平洋戦略」を進めています。そのなかで、自由主義国家であり国連でも力をもつインドは当然ながら重要なパートナーですが、インドはしたたかな外交を展開しており、日本のいうことを素直に聞いて動いてくれるような簡単な相手ではありません。インド、ロシア、アメリカなどと多角的な外交を展開しようとするのであれば、インドだけを狙って行うのではなく、日本自身が世界において各国とどのような関係を築くつもりなのかをはっきりさせておくべきです。

 外交は基本的に対話によって行われるべきであり、危険な国とも、悪い状況にある国とも対話を進めていくことが肝要です。そもそも日本は相手を敵に回して追い込むだけの力をもっていないからです。ロシアに対してはアメリカでさえもそうです。

 日本はロシアとの間に北方領土問題を抱えており、世界がロシアを批判するなかで、ロシアにどう対応していくべきかが問われます。安倍元首相は自身の故郷まで含めてプーチンを27回も招待したとしていますが、外交というのは甘いものではありません。

国際的な人的ネットワークの構築を

 ──日本人は外交も含めて、多層的に展開することが苦手ですね。日中国交50周年に当たる9月に福岡では関連の記念イベントがまったく行われませんでした。民間側からの運動が起こらないのは不思議です。

 中川 思考が単純であり、より多層的に、複雑に思考することが求められます。田中首相、大平外相、二階堂官房長官の訪中で1972年9月に日中は国交を回復し、今年9月に50周年を迎えた日本では日中の民間の歌舞の文化交流行事が2、3件行われたものの、政界、財界ではイベントはほとんど行われませんでした。これが日本の最大の貿易相手国となった中国に対する日本政府の対中国政策かと残念に思いました。日本が現下の新たな米中対立の影響を多分に受けていることを表しています。日本は独自の対中国政策を打ち出すべきだと思います。

谷口 誠氏
谷口 誠氏

    谷口 かつて高碕達之助や古井喜実(LT貿易の期限終了後、68年に新たに貿易覚書「MT貿易」を締結、72年には日中国交正常化交渉の事前交渉などで活躍した)らが日中関係において築き上げたものを崩さないように対話を行うことが必要です。そのためには、習近平体制への行く末について情報をもっておく必要があります。中国は敵だからといって、中国研究者も中国との関わりを避けて、中国とのネットワークを崩してしまうのは望ましくありません。アメリカはもっと中国との関係を築いており、アメリカ人の中国研究者のレベルは日本の中国研究者よりはるかに高いです。

 外交は、どんなに敵対関係にあるような状態の国でもお互いに情報をもつことが重要であり、情報がない外交は駄目です。早稲田大学の教授として教えた中国人留学生の多くは帰国していますが、彼らと日本との交流が徐々に途絶えてきていることを情けなく思います。政治家についても、高崎のように日中関係に尽くした人らは過去の人となりました。外交上の人的関係を維持し、築くことは今後大きな課題になってくると思います。

 中国は統治能力には秀でており、たとえばかつてOECDとして環境問題解決に向けたアクションを提案した当初は消極的な姿勢を示しますが、次の年には国家の綱領に入れてきたほどです。ただ、今の習近平体制は鄧小平時代とは大きく異なります。デモクラシーの後退、人権侵害といった問題が酷く、3期目で独裁体制が強化され、より深刻になるでしょう。すでに香港を駄目にしています。日本にはかつて中国に対していろいろなことをいえる人がいました。王毅中国外交部長は国連総会の演説において、今後はロシアとの関係だけを重視するのではいけないと言いました。これは1つのきっかけになると思います。インドも同じです。今度は、国家間の関係よりも、世界でそうした人たちとの人的ネットワークを築いていくことが必要になってくるでしょう。

 中川 1980年代半ばから90年代の、日本が一番よかったころ、GDPでアメリカを追い抜こうという勢いがありました。失われた30年と言われていますけど、これがどうも2030年ぐらいまで続き、失われた40年となるのではいか、そして日本は経済的にも政治的にも学術的にも立ち直れないのではと懸念され始めています。

 日本はアメリカの出先、一派だとみなされており、単独でのウクライナ問題解決は難しいと思われています。ユーラシア大陸で今後伸びていくのは中国、ロシア、インドであり、ロシアを抑えるための交渉において日本はインドおよび中国とうまく協力して圧力をかけることが大切だと思います。日本とインドは良好な関係にあります。

 私は1970年代初め、商社のインド・ニューデリー支店長として約5駐在し、インドとロシアの関係の深さを認識しました。両国には第二次世界大戦後70年にわたる関係があり、ロシアの在インド大使館はアメリカの在インド大使館をしのぐほどの大規模な大使館です。経済面、軍事面においてもロシアとの関係が非常に強固です。インドの大半の水力発電所がロシアによって建設されているほか、ロシアのミグ戦闘機が製造されるほどでした。

 谷口 日本は人口が減り、小さくなっていきます。ただ石橋湛山が提唱した小日本主義のように多角的な外交を展開していくことが大事だと思います。アジアのみに軸足を置くのではなく、国力が相対的に低下しているアメリカ一辺倒でもいけません。ロシアも経済力は段々落ちていくでしょう。

 今の状態では、皆がジリ貧になっていきます。今の日本の外交力は低く、伊藤博文、原敬の時代の方がもっと外交力があったと思います。日本は世界のことを学ぶべきであり、アメリカばかりではなくいろいろなところに留学すべきです。シンガポールもどんどん伸びていきます。

(つづく)

【文・構成:茅野 雅弘】


<プロフィール>
谷口 誠
(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在、「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、(一財)アジア・ユーラシア総合研究所代表理事。著書に『21世紀の南北問題―グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)、『東アジア共同体 経済統合の行方と日本』(岩波新書)など多数。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国科学技術競争情報学会競争情報分会国際顧問など。共著に『見えない価値を生む知識情報戦略』、『国際経営戦略』(同文館)など、共訳書ウィリアム・ラップ『成功企業のIT戦略』(日経BP)、H.E.マイヤー『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)など多数。

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