核戦争へ? 長期化するウクライナ戦争のさらなる危機(5)
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元国際基督教大学教授 高橋 一生 氏
ロシアのウクライナ侵攻が始まってまもなく8カ月になるが、今、私は初めて核戦争の危険を感じている。9月半ばに始まった危機は11月半ばから年末にかけて大きな山場になるように思える。その状況、そして、その先について考察する。
危機からの展望:日本の役割(つづき)
(3)国際環境
プーチンにとって、今回の軍事侵攻におけるもっとも大きなボーナスは、おそらくロシアの天然ガス産出国としての強みが想像以上のものであった点であろう。これは、1970年ごろまでにガタガタになっていたソ連経済が、73年の第4次中東戦争にともなう第1次オイルショックにより、産油国として息を吹き返した状況を彷彿とさせる。当時は、米国のキッシンジャー国務長官がソ連指導部との駆け引きによりサウジアラビアを石油消費国側にひきつけ、かつエネルギー消費国連合として西側諸国が国際エネルギー機関(IEA)をOECDの付属組織として創設することによって、産油国であるソ連およびOPEC(石油輸出国機構)の力をくい止めた。
今回は、バイデン大統領がガソリン価格高騰の鎮静化を目指し、7月にサウジアラビアを訪問しムハンマド皇太子と会談して増産を要請していたが、10月に開催されたOPECプラス(ロシアを含む)では翌11月から日量200万バレルの大幅減産に踏み切ることが決まり、完全にロシア側のペースとなった。サウジアラビアに対して対抗手段を講ずるというバイデンの”怒り“も、11月の中間選挙対策としてのジェスチャー以上の意義は小さい。軍事協力を抑えるというシグナルを出してはいるが、むしろジタバタ感をあらわにした印象をぬぐえない。
ロシアは対アメリカおよびヨーロッパ(さらには日本)において、エネルギーという強力な武器を手にしている。冬に向けて、とくにドイツを中心としたヨーロッパに対して、戦術核の使用をちらつかせつつもエネルギーという武器をいかに有効に使うかがプーチンの主要な関心事項になるだろう。ウクライナに対するインフラ攻撃も強めているのは、冬に向けて、エネルギーのひっ迫を強力な武器にするための戦略なのであろう。
他方、ロシアが産ガス国としての力を行使できるためには中国とインドに大量にガスを買ってもらわなくてはならない。ただ、インドはロシアのウクライナ侵攻を明白に非難しており、中国が戦術核使用を許容する可能性はほぼないと判断していいであろう。
そうなると、国際環境の要素からみて、プーチンの戦術核使用の可能性は極めて小さいと判断して良さそうだ。
このように、正教徒としてのプーチンと国際環境との2つの要素に関しては戦術核を使う可能性は極めて少ない。岩盤支持層との関係でみると、戦術核の使用の可能性は否定できないが、それも大きな可能性ではなく、むしろプーチン政権の崩壊を促進する、という方向に進み得ることがプーチンにも理解できるであろう。全体としてみると、今年の年末にかけて、戦術核使用の可能性は、一見かなり高いが、実際には極めて低いとみてよさそうである。
そうなると、いま大事なのはこの見せかけの戦術核危機をどのように有効活用するか、ということである。見せかけ危機をいわば棚ぼたのように利用できるものとして、岸田イニシアチブがある。それはもともと11月に予定されていたが、翌12月に開催されることになった「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」である。危機は極めて強い政治力をもつ。今年8月に国連の核拡散防止条約再検討会議が開催されたが、ロシアの反対で合意文書の作成は失敗した。その結果、核兵器分野は国際社会において合意が一切ないという異常な事態になっている。
まず22年12月に広島において核に関する世界の英知を集め、それを土台として23年5月にG7広島サミットを開催しようという岸田総理の構想が重要な意味合いをもち得る状況が出てきた。とかく日本の出番というと単なる空騒ぎになりがちであるが、今回はウクライナに対するロシアの戦術核使用という見せかけの危機を利用して、日本の本格的な出番とできそうである。これらの会議を、核の先制使用禁止(少なくともかなり長期のモラトリアム)を中心とした核の管理およびその先の軍縮に関する国際合意に向けた大きな見取り図を描く賢人会議にしてもらいたい。
(了)
<プロフィール>
高橋 一生(たかはし・かずお)
元国際基督教大学教授。国際基督教大学国際関係学科卒業。同大学院行政学研究科修了、米国・コロンビア大学大学院博士課程修了(ph.D.取得)。経済協力開発機構(OECD)、笹川平和財団、国際開発研究センター長を経て、2001年国際基督教大学教授。東京大学、国連大学、政策研究大学院大学客員教授、国際開発研究者協会会長を歴任。「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)、「リベラルアーツ21」代表幹事、などを務める。
専攻は国際開発、平和構築論。主な著書に『国際開発の課題』、『激動の世界:紛争と開発』、訳書に『地球公共財の政治経済学』など多数。関連記事
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