2024年12月23日( 月 )

世界遺産の保全と公共施設ラッシュ~長崎市

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 「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録され、観光客を中心に交流人口の拡大が期待されている長崎市。その構成資産の保全コストが懸念されているが、田上富久市長は、交流人口の拡大を目的に、国際会議などを行う大型コンベンション施設の建設を主要政策に掲げている。そのほかにも建設が考えられている公共施設は、新市庁舎、廃止となった長崎市公会堂の代替施設などがあり、財政面での負担増も危惧される。

MICE施設の決着は9月議会?

端島(軍艦島)の保全について語る田上市長<

端島(軍艦島)の保全について語る田上市長

 「44万人の人口が2040年には33万人になる」。国立社会保障・人口問題研究所の出した「日本の地域別将来推計人口」(2013年3月推計)から、減少率にして25.4%人口減という厳しい予測を突きつけられている長崎市。人口減少という重い課題に対し、田上市長が打ち出したのが、交流人口の拡大を目的とした建設費約133億円の大型コンベンション施設(MICE施設)の建設である。

 しかし、市民やその代表者である市議からはさまざまな疑問が噴出。喧々諤々の議論が交わされたなか、あくまでもMICE施設建設を前提としない条件で、昨年12月、その建設予定地とされているJR長崎駅西側の約2万m2の土地の取得(用地費約79億円)が、市議会で承認された。

 一見、前進したかに見えるが、6月議会においても、複数の市議からMICE施設に関する質問が相次いだ。そのなか、「費用対効果に多々疑問」という平野剛市議(明政クラブ)の一般質問では、市がこれまで経済波及効果が高いとして施設建設の必要性を訴える根拠の一つに挙げていた学会の開催件数に誤りがあったことが明らかと指摘された。市は、09年から11年までの集計で学会の開催件数を年平均258件としていたが、実際は年平均209件。約50件の開きは大きな間違いだ。施設建設後の学会の見込み数271件も、経済波及効果123億円も、怪しいものとなった。

 平野市議は、国際会議や学会などの誘致にかかるコストが、施設建設に関する説明のなかで触れられていない点も指摘。「(建設費以外にも)費用はまだまだある。切り取って話しているのでウソではないかもしれないが、建物を建てたらコストはかからないとほとんどの市民は思っている。ちゃんと説明するべき」と、市に注文を付けた。

 一方、浅田五郎市議(明政クラブ)は、今年4月の長崎市長選が無投票で、田上市長の再選が決まったことから、MICE施設の建設に関して住民投票を行うべきではないかと質問し、民意が得られていない点を強調した。対する田上市長は、「条例が定める住民投票には、法的拘束力がない」とし、その考えがないと答弁。市民の間でも疑問の声は根強く残っているが、田上市長は住民投票を行わず、9月議会に予算案を提出し、市議会での決着を図ると見られている。

行方定まらぬ市の公共施設

 建設が検討されている大型公共施設はMICE施設だけではない。老朽化と耐震性の問題がある市庁舎の建て替えも、田上市長がMICE施設を最優先としたことから、いまだ建設計画がはっきりとせず、宙に浮いた状況だ。新市庁舎の建設予定地は、長崎市公会堂とその前の公園敷地とされているが、長崎市公会堂は原爆復興の象徴として海外からの寄付も受けて建設された建物。その歴史的意義から、保存を求める市民の声は多い。しかし、新市庁舎の建設も公会堂の代替施設も白紙という状況で、今年4月以降、公会堂の廃止だけが決まった。

 市民の文化活動の行き場がなくなったことを懸念する橋本剛市議(チーム2020)は会派の代表質問で、「(旧公会堂は)長崎国際センターの名称で再出発すること」を提案したが、市側は、「新市庁舎の早期着工を目指す」として取り合わず。県庁舎跡地を公会堂の代替施設の建設地とする案にも、県との調整がつかず、その可否は不明のままとなっている。

 MICE施設、新市庁舎、公会堂の代替施設のほか、九州新幹線長崎ルートの開通にともなうJR長崎駅周辺の再整備も行われる予定だ。世界遺産登録による観光客増への備えとして、MICE施設用地である長崎駅西側の土地に、観光バス58台分の待機スペースを設けるなど、臨機応変の対応もとられたが、世界遺産関連の受け入れ対策として、新たにハード面の整備を行う余裕はないのではないかと思えるくらい、課題は山積している。

 「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の保全では、とくに建物や護岸の維持に巨額のコストがかかるとみられる軍艦島(長崎市端島)について、「国の援助も必要」との見解を示している田上市長。だが、市民が必要性を疑うMICE施設を建設しながら、国民の理解が得られるかは甚だ疑問だ。

【山下 康太】

 

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