2022年度「岡倉天心記念賞」について
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国際アジア共同体学会 学術顧問
名古屋市立大学22世紀研究所特任教授
中川 十郎 氏本年の「岡倉天心記念賞」選考に当たっては、選考委員長・進藤栄一国際アジア共同体学会会長を中心に、慎重かつ厳正な選考を行いました。
結果、野口悠紀雄・一橋大学名誉教授の『日本が先進国から脱落する日“円安という麻薬”が日本を貧しくした!!』(プレジデント社)と大西広・慶応義塾大学名誉教授の『ウクライナ戦争と分断される世界』(本の泉社)が労作として満場一致で推薦されました。
両先生のご研究の成果の名著を、選考委員一同を代表し、ここにご紹介することを光栄に存じます。今後ともなお一層のご研究を続けられ、さらなる研究成果を世に問われることを祈念する次第です。
岡倉天心は「アジアは一つ」を早くから唱え、今日のアジア共同体の源流となる構想を提言しました。その岡倉天心の思いを具現する代表的著作を毎年表彰することにしております。
本年受賞の2つの著書は力作で、社会的にも裨益するところ大なるものがあると確信しております。
(1)
野口先生の著作は、最近の日本の円安により円の購買力が50年前の70年代に逆戻りし、日本の賃金はOECD中の最下位クラスで、1人あたりGDPでは台湾や韓国に抜かれる状況にあり、日本は「先進国」とはいえなくなると指摘。20年後の40年には日本の高齢化問題がさらに深刻化するので早急なる対策が必要と警告を発しておられます。その淵源はアベノミクスが「円安の麻薬効果」に依存したために日本が貧しくなったとも指摘しておられます。
日本は技術革新、とくに情報データ処理などデータエコノミー時代の高度サービス産業振興が必須との説を提言し、さらに米国の7分の1の教育力を強化し、技術開発により日本の生産性を高めることが必須であると、理工学の専門的立場から日本の抜本的な改革を提言されています。
日本政府は野口先生の真摯な提言を受け入れ、革命的な改革を行うことが必須であると警告するとともに、その貴重な提言の実現を強く希望するものです。その意味でこの書は日本再生のための得難い提言書であり、岡倉天心賞に最適の著作であると判断されます。
野口先生のますますのご活躍を当学会としても祈念する次第です。
(2)
大西先生の著作は先生の持論である「現場主義」に基づき、アジア各国の現場を訪問。ウイグルを始め現場情報を基に、発展途上国の目線で政治、経済を分析しておられる貴重な現場報告書であり、その意味でこの著作は説得力があります。
本著において筆者はウクライナ紛争での世界の分断に関し、ロシアの人権理事会追放決議に際し、賛成93カ国、反対24カ国、棄権が58カ国で、反対を合わせると82カ国に達していることを、地図を使い強調。発展途上国の視点から見た米中対立を検証しています。世界には米国のコントロールの効く地域と、効かない地域があること、「南」の諸国の西側への反発があることを指摘、西側の論理では片づかない現実があることを力説しています。
第二に本書が強調している斬新な見方は許紀霖氏の見解も取り入れ、「地域共同体」は一帯一路ではないかと提言していることは注目に値します。「人権」や「民主主義」という特定の価値観を押し付け、内政干渉するような価値観に一帯一路の諸国はついて行けない。こうした「西側的価値観」に対峙する別の価値観、すなわち内政不干渉、共同互恵、共同富裕という価値観がある。この価値観はインフラ建設に重点を置く「一帯一路」という戦略とも深くかかわっている。欧米の対途上国政策はそこから労働力と資源を獲得することに重点がおかれ、真の意味での「経済開発」に重点がおかれていない(62ページ)と指摘している点は、味読すべき卓見です。
さらにEUとの対比に執着し、「地域共同体」は「東アジア大」の規模でなければならないと考える必要はない。「共通の利益」「共通の他者」とともに「共通の価値」をもった中国を中心とする地域共同体はこのようなかたちで世界に広がっている(63ページ)と指摘しています。
第三の視点は中国の影響拡大は「経済」で進むという点です。世界の経済バランスは「経済」が決めるとし、最終的には経済が政治=軍事を規定するとしていることです。これは著者の専門であるマルクス経済学の「経済の下部構造」が「政治の上部構造」を規定するとの理論に基づく。ここから筆者は「対ロ制裁は西側諸国経済をこそ弱める」(77ページ)と分析しています。
以上より本書は喫緊のウクライナ・ロシア戦争も含め、ヨーロッパ、中国・ウイグル、アメリカ、日本、香港、台湾などを含め、分断されつつある世界を広範に分析しており、岡倉天心記念賞に価する力作です。
著者のさらなるご活躍を祈念する次第です。
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