2024年12月23日( 月 )

工藤会VS福岡県警~県警に痛い黒星

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 工藤会壊滅作戦を進める福岡県警の本部長(当時)が情報提供をよびかけて被害届が出され工藤会系組幹部や組員の立件に至った事件が、無罪・免訴確定で終わることになった。
 無罪になったのは、組幹部の松尾大奨氏(35)、組員の渡辺善志英氏(31)。免訴となったのは、組幹部の加治秀人氏(38)。

 福岡地裁が8月7日に言い渡した無罪・免訴判決に対し、福岡地検は控訴期限の8月21日、控訴しないことを明らかにした。判決では、松尾氏ら2人を無罪とし、加治氏の暴行罪の成立を認めたが、公訴時効が成立し免訴を言い渡していた。
 福岡地検は同日、「原判決をくつがえすに足る立証は困難であると考え、控訴しないこととする」とコメントした。
 県警本部長が情報提供を呼びかけた象徴的な事件で、県警が黒星となった。
 今回の無罪・免訴は、事件から5年以上が経過しており証拠収集の限界や被害供述の信用性、公訴時効などによるもので、工藤会5代目総裁の野村悟被告人らが殺人などで起訴された他の事件には、影響がないとみられるが、工藤会壊滅に取り組む県警にとって痛い黒星となった。今後の市民からの情報提供が鈍るかどうか不透明である。
 起訴状などによると、3人は渡辺氏が借金5万円を踏み倒そうとして、2009年11月、福岡県春日市で、5万円を借りていた男性に暴行し、車中に監禁し、さらに暴行を加えて、県内の山中に連れ込み、1カ月間の重傷を負わせたなどとするもの。2014年逮捕、強盗致傷および監禁の罪で起訴された。

 無罪というと、一般的には事実誤認や誤認逮捕を連想するし、無罪が確定する以上、色眼鏡で推定を働かすことは戒めなければいけない。
 福岡地検のコメントの内容は、文章どおりで、それ以上でもそれ以下でもないが、控訴しない理由として、「立証は困難である」と指摘しているのが眼目である。検察側としては、起訴事実がなかったから控訴しないと言うのではなく、あくまで立証の問題だと言いたいわけである。事件直後であれば、被害男性の供述も鮮明で、具体性に富み、生々しく、迫真性があった可能性が十分推測できるが、5年以上経過し、判決では供述の信用性が否定された。

 ここで、今回の事件を離れて考えてみたいのは、事実があったことと、刑法などの罪にあたることは別だという問題だ。
 たとえば、殺人事件を考えてみよう。自宅にいた男性A氏に恨みをいだいたB氏がナイフで襲ってきたので、もみ合っているうちに、そのナイフがB氏の腹部に刺さって、A氏がすぐ110番通報したがB氏は出血多量で死亡してしまった。人を殺したのは事実だが、刑法の殺人罪に当たるか、正当防衛なのかを判断するには、もう少し立ち入った事情の検討が必要だろうが、正当防衛だと思う人が多いのではないだろうか。
 では、襲われたA氏が、ナイフで襲ったB氏よりもはるかに体格もよく格闘技の経験もあった場合はどうだろう。しかもA氏は、B氏から500万円をだまし取っていたので、B氏が逆上して訪ねてくるのを予想しており、「これ幸い、正当防衛を口実にB氏の口を封じてしまえ」と思い、ここ数日、ナイフで襲われた場合の反撃を練習していたとしたら?それでも正当防衛だと言えるだろうか。
 「B氏がA氏をナイフで襲ったところ、そのナイフでB氏が死んだ」のは同じでも、ほかの事実関係が違えば、結論は違ってくる。殺人の確定的故意か、未必の故意だったのかも関係する。

 刑事裁判の目的は、「事案の真相を明らかにする」(刑事訴訟法1条)ものである。2009年にスタートした裁判員制度では、市民も裁判員として、有罪無罪の判断に加わる。一つ一つの事実だけを見るのではなく、いくつもの事実が絡み合った事件の全体の判断能力を国民レベルで高めることで、市民感覚が健全に作用してほしい。

【山本 弘之】

 

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