2024年07月17日( 水 )

原風景と天神ビッグバン~約30年の首都圏居住経験者が見る福岡(4)

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天神コア イメージ    人にはそれぞれ原風景(人の心の奥にある原初の風景)があるのではないだろうか。筆者の場合、その1つが「天神(福岡)バスセンター」(1997年から運用が始まった「西鉄天神高速バスターミナル」の前身)の様子だ。

 祖父母宅がある筑豊方面へ向かうバスに乗るため、両親に連れられてよく利用していたのだ。建物は1階にバス乗り場、2階に西鉄天神大牟田線のホームがあるという構造。場内は電車のゴーっという通過音と、「○番乗り場からひのくに号が出発~」などといった、特徴的な言い回しの女性によるアナウンスが混ざり合って、他にはない独特の雰囲気があった。幼いころの筆者は乗り物酔いがひどく、バスセンターに来るだけで酔い始めていたため強く記憶しているのだ。

 天神には成長するにつれさまざまな機会に訪れていた。小遣いのなかから服を買うのは、若者向けのお店が充実していた天神ビブレや天神コアビルのなかの店舗で、前者の「紀伊國屋書店」では小説や雑誌、参考書などを中心とした書籍を購入していた。高校・予備校時代によく利用していた施設は「福岡市立青年センター」。大名小学校近くの明治通り沿いにあり、自習室の利用するために訪れていたのだが、勉強はそっちのけでレクリエーション室で卓球に熱中していた。

 ちなみに、中学生時代、人生初のデート場所として利用したのは中洲の映画館で、確か「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の初回作だったと思う。いずれにせよ、中高生、予備校時代だからとにかくお金がなく、ウインドウショッピングなどと称して、友人たちと目的もなく天神とその周辺を歩き回っていたことのほうが圧倒的に多かったわけだが、天神はそれはそれで十分に楽しめる場所だった。何が言いたいかというと、かつての天神は子どもから若者、大人、お年寄りまで幅広い人たちにとって何らかの居場所のある、魅力的な街だったということである。

 さて、上記に紹介した建物や店舗、施設は現在、何1つ残っておらず、それぞれの場所において「天神ビッグバン」による再開発工事が進行中だ。改めて再確認しておくと、このプロジェクトは天神交差点から半径500mのエリア(約80h)において、ビル建替えを行う際に容積率や航空法上の高さ制限を緩和するというもの。とくにビジネス面での魅力度を高める狙いがあるとされている。

 筆者を含む「福岡について余り知らない」人たちの視点で驚かされるのが、次々に新たな計画が浮上することである。2022年11月以降だけを見ても、福岡パルコと西鉄福岡(天神)駅ビル、新天町商店街に至るエリア、天神北地区にある福岡中央郵便局とイオンショッパーズ福岡店、さらには天神東地区にある「水鏡天満宮」一帯、などに関するものが発表されている。

 このうち、新天町商店街も筆者の原風景といえる場所でさまざまな思い出がある。もちろん、これまでに店舗構成などは様変わりしているが、全体としてはかつてと変わらぬ雰囲気を残しており、再開発でどのような姿に変貌するのかとても注目している。いずれにせよ、上記のような矢継ぎ早ともいえる計画の発表も含め、天神ビッグバンは今、市や県の内外から注目を集め、「福岡は元気な街」として評価される要因になっている。

 一方で、再開発がこれまでにない変化を引き起こしているとの指摘もある。たとえば、「天神ビッグバンで『ランチ難民』増加 再開発で『食べるところがない』」(テレビ西日本)という報道があったが、確かに再開発以前に比べ飲食店が減ったし、物価高の影響で値段が上がり、ランチの選択肢が限られるという経験を筆者もたびたびするようになった。限定された地域で一斉に再開発することの弊害といえよう。

 もう1つ、興味深く感じられたのが「天神から消えた中高生『何でもあるけど… 行きたいとは思わない』」(西日本新聞)という報道だ。これはコロナ禍による外出制限の影響と、他の地域に大型ショッピングモールなどができたことなどで、中高生の意識のなかで天神の重要度が低下しているということを指摘したものだ。近場に娯楽やショッピングのための施設が増えてきたことが影響し、「わざわざ天神に出なくても…」と若者が感じているということだ。

 工事現場だらけの今の天神は、中高生など若者たちが楽しめる場所は少なくなっているのもたしかだろう。しかも、再開発工事は断続的に行われるため、状況が改善されるのはずっと先のことになる。また、ビジネス環境の整備が開発の主な方向性のため、将来的に若者向けの商業施設などが新たに再整備、最充実されるとは限らない。というか、天神はオフィスビル街になってしまうのだろう。

 だから、将来、筆者がかつての天神に感じていたような居心地の良さ、原風景となるような親しみを、若い人たちがもつことはとても難しくなるのではないだろうか。そんなセンチメンタルな想いを抱かせるほどの大きな変化をもたらそうとしているのが、天神ビッグバンなのだと筆者には感じられている。 

(つづく)

【住生活ジャーナリスト/田中直輝】

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