2024年09月02日( 月 )

為替介入と円安(後)

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元世界銀行グループMIGA長官
元財務省
くにうみアセットマネジメント(株)
取締役
BIS顧問
井川 紀道

2.為替介入の効果

日銀 イメージ    最近のドル売り円買い為替介入は、日本の単独介入であり、24年ぶりに実施されたものであるが、一般的に為替介入の効果は限定的と言われてきた。

 まず、為替相場は基本的に経済の基礎的条件を反映するものであり、今日世界の為替取引量はあまりに巨大となっている(2022年秋BIS発表によれば一日当たり7兆5,000億ドル、うちドル88%、円13%)のでファンダメンタルに逆らった為替介入は効果がないとされてきた。マクロ政策との整合性がないと介入の効果は一層なくなる。

 また、市場取引に対して政府が干渉することを問題視する意見がとくに米国において伝統的に根強かった(このため日本がG10に介入の有効性を示すケーススタディのペーパーを提出したこともあった)。

 さらに、ドル売り円買い介入の場合には、日米協調介入であれば米国は自国通貨のドルを売って円を無制限に購入できるが、今回のような日本の単独介入ではドル売り介入原資は外貨準備の制約を受ける(8月末で日本の外貨準備は約1.3兆ドルで185兆円程度)。

 そうした制約のなかでの今回の為替介入は、効果的かつタイムリーであった、とみている。

 まず、もともとG10諸国の間では為替介入を実施する場合には、介入に使用する通貨国の同意が必要であるが、今回は米国の明確な理解と支持を得たことが米当局者のコメントからうかがわれる(日経報道によれば神田財務官が1年かけて米国と対話を続けた模様)。

 そして米国の政策金利引き上げのペースがスローダウンする潮目の変化に対して、市場よりも一歩先行して対応した結果になった。

 それでは、米国の金利引き上げのペースのスローダウンや金利引き上げの打ち止め予想が市場に出て、ドル高の転換が時間の問題であったのであれば、為替介入は必要無かったという意見も出てくると思うが、それは為替相場の動きは時として、オーバーシュートして円安がさらなる円安を生むバンドワゴン効果が生じうるという市場の恐ろしさを無視した議論であろう。外国市場の動向は時として、天下分け目の関ヶ原の戦いと同じような様相を帯びる。関ヶ原では西軍も勝ち得たとされるが、小早川秀秋の寝返りにより東軍が勝てば、歴史家は、東軍が当然にして勝利したかのような後付け講釈を描く。

3.日銀の異次元緩和転換

 日銀は12月19-20日の金融政策決定会合において、政策金利(短期金利)は維持しつつも、長期金利の上限を0.25%から0.5%に引き上げたが、10年ぶりに実質的に利上げを行ったと報じられた。この結果、ドル円相場は発表前の137円台から130~132円台の円高になっている。

 この決定については、「物価高批判を受け、苦渋のサプライズ」「揺らぐ市場との対話」など批判的な論評も多いようであるが、私は、2023年4月初までの任期中には黒田総裁は金融緩和の修正は行わないだろうという市場のコンセンサスに反して、とどまるも地獄、進むも地獄のなかで、まだ円安のうちに、しかも日本株や日本経済のパフォーマンスが欧米よりも相対的に堅調の間に、ぬるま湯から飛び出したタイムリーな英断であると個人的には受け止めている(財務省出身の経済学者が、日銀の新任総裁が金融政策正常化のための利上げを決断しかねて葛藤する悪夢をみたというブログを出していた)。

 なお、財務省OBのなかでは、日銀の超金融緩和の政策金利部分については、理解を示す見解が大部分であったが、国債の利回りを人為的に押さえ込むYCCについては、見直すべきとの意見も聞かれるようになっていた。民間エコノミストのなかでは、YCCが財政規律の弛緩をもたらすという弊害を指摘する意見が目立ってきていた(加藤出氏、河野龍太郎氏など)。ちなみに、米国では日欧のようなマイナス金利の導入は見送り、YCCは1940年代に実施していたことがあるか、今回は行っていない。

4.2023年のドル円相場

 こうした動きを踏まえ、また、為替相場は数値(金利水準)そのものよりも、変化率(金利の変化率あるいは金融政策の転換)に大きく反応するきらいがあることから、2023年のドル円相場では、円安よりも急激な円高が日本経済にとってより大きな問題になると想定した方がいいのではないか(市場では120円台までいくが、YCCの変更後は115円程度もあり得るという見方をしているところ、これ以上の円高があり得るのではないか)。

 ただし、米国のインフレ率が徐々に収まることなく、高止まりしたり、反転したりすると、政策金利が市場とFRBが想定する以上に引き上げられ、ドルが全般的に値を戻す局面が出現することになろう。従って米国のインフレ動向は、引き続き注意深くモニターする必要がある。

(了)

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