2024年07月16日( 火 )

なぜ2023年が大転換の年なのか(2)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は1月1日号の「なぜ2023年が大転換の年なのか」を紹介する。

(1)2022年のサプライズ・・・危機の大きさと金融市場の底堅さ(つづき)

金融引き締めにもかかわらず、ドル高が米国景気後退を回避させている

 高速利上げにもかかわらず、米国経済は依然堅調でソフトランディングの可能性すら残している。注目すべきはなぜここまで金融市場はresilient、堅牢であったかである。第一は、米国GDPの7割を占める消費が堅調で1~2%の成長を持続していること(→好調な労働需給と賃金上昇、コロナ禍で積みあがった膨大な貯蓄の取り崩しによる)、第二に企業業績が底堅く、雇用もさほど悪化していないこと(→名目GDP(≒企業売上)はインフレにより8%ペースの伸びが続いており、4%弱への金利上昇は抑制的に働いていないこと)、が要因として指摘される。

図表3: 米国家計月次動向/図表4: 米国家計現預金残高推移

 そして、その安定をもたらしている土台にドル高がある。前年比10%以上のドル高は米国へのグローバル資金の流入を促し、名目GDPの伸びの半分以下に米長期金利を抑えている。また、米国輸入物価の抑制が米国消費を支えている。この旺盛な米国消費が、米国向け輸出増加により世界経済をけん引している。米国の対外経常赤字は1兆ドル(対GDP比3.7%)と空前の水準である。ドル高→米国への資金集中→米国金利抑制・米国消費促進→米国貿易赤字拡大→対米輸出が各国経済をけん引、という連鎖が、中国経済の失速を補って世界経済を支えている。巨大債務国が通貨高になり赤字を垂れ流しつつ世界経済を支える、という一見不可思議な合理性こそ、ドル体制下のグローバル資金循環といえる。

図表5: 米国名目経済成長率と長短金利推移/図表6: 米国経常収支と対GDP比推移/図表7: ドル実質実効為替レート推移/図表8: 主要国累積経常収支(1980-2021年)

ドル高→逆イールドスティープ化→金融波乱→米利下げを催促する可能性

 米国インフレはすでにピークアウトしているので、利上げは2023年前半にターミナルレート5%強で止まるだろう。しかし米国の景況感優位に基づくドル高は定着し、それが米国長期金利の低下圧力を強める可能性が高い。それは逆イールドを極度にスティープ化し金融機関やノンバンクの経営に打撃を与え、局地的金融パニックを引き起こす恐れはある。株価が一時的に急落する場面もあるかもしれない。FRBの早めの利下げがあるとすれば、実体経済悪ではなく金融市場の不安定化に対応するものとなる可能性が強い。こうして思いのほか早い米国利下げが実現すれば景気後退は軽微にとどまり、年後半以降の株価反転も大きなものとなる。FRBは利下げを正当化するために、インフレターゲットの引き上げを打ち出す可能性がある。

図表9: 米国イールドカーブ(10年債利回り-FFレート)/図表10: 米国BBB格長期社債リスクプレミアム推移

(2)2023年、円安定着で経営戦略が抜本的に変わる

円安定着は経営者に戦略の抜本転換を迫る

 武者リサーチが2023年を日本の大転換の年と主張する理由は、これまでの経済停滞を引き起こした経済主体のすべてが政策と行動を大きく変化させると確信するからである。円安の定着は、企業経営者と投資家と日銀に待ったなしの行動の変化を迫っている。円高下では合理的であり企業の生き残りにとって必要であった政策は、円安下では誤りの政策となる。詳細は図表11を参照されたい。

図表11: 経営者・投資家・日銀の行動変化が大転換を引き起こす

世界需要が日本に集中し、企業は国内供給力拡充を迫られる

 2023年の日本経済はバブル崩壊後最も明るい数量景気の年となるだろう。Jカーブ効果による円安初期の価格面でのマイナス場面が終わり、数量増の乗数効果が表れる時期に入る。円安で日本の価格競争力が強まり、工場の稼働率が高まる。また割高になった輸入品の国内生産代替が起きる。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激する。極端に割安になった日本製品を個人や中小企業が購入し、インターネットを通して海外へと販売する越境EC(イーコマース)も急増している。安いニッポンに向かって、さまざまなチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化するだろう。これに対応するためには、まず工場の配置を海外から国内に回帰させなければならない。そして雇用政策を根底から変えなければならない。

 すでに変化は起きている。企業の国内における設備投資意欲は急激に高まっている。政策投資銀行、日銀短観、日経新聞など各種の設備投資調査では、すでに2022年において設備投資が過去最高レベルの伸びとなっている。円安定着が確信される2023年には、企業はより国内投資に本腰を入れるだろう。

図表12: 日本経済新聞社 2022年度の設備投資動向調査 (修正計画)

設備投資増加、労働者争奪による賃金引き上げ

 国内生産体制の構築には、高い賃金を払ってでも良い人を採用し、モチベーションを高めて競争力のあるチームをつくらなければならない。いったん失われた生産体制の再構築は困難だが、それをやりきることが勝敗を分かつ。そもそも日本のデフレの起点は、円高で競争力を失った企業の賃金抑制にあった。しかしこれからは「労働はコストではなく価値創造の源泉である」という認識の転換が必要である。日本生命が営業職の賃金を7%引き上げると表明するなど、すでに変化は起きている。良質の労働力確保をめぐって、賃上げ競争が起きるかもしれない。

リレバレッジ、自社株買い大幅増加

 企業の財務資本政策も大転換が必要だ、その柱が自社株買いによる高株価経営である。バブル崩壊以降、日本企業は保守的財務戦略に徹してきた。借金を減らし、利益の社外流出を抑えて自己資本を厚くし、ひとたび危機が起きたときに備えるため財務クッションを著しく高めてきた。図表13は日米欧の上場企業の負債資本倍率(D/Eレシオ)、図表14は日本企業の自己資本比率(法人企業統計)であるが、日本企業の極端な保守性が際立つ。このデレバレッジの財務戦略は、資本効率を無視し安全性のみにこだわったバランスを欠いたものになっている。今や低レバレッジ経営は株価低迷をもたらし買収されやすくなる一方、資本コストの高さによって他企業の買収や新規分野への投資などの将来に対する布石を縛る、負けパターンの企業戦略といえる。債務を増加させ資本コストを引き下げ、投資・M&A、自社株買いなどを推進して株主利益を極大化させる必要がある。

図表13: 日米欧上場企業負債資本倍率 (D/Eレシオ)/図表14: 日本企業自己資本比率推移(法人企業統計)

 自社株買いが急増するなど、すでに行動変化は起きている。以上のような企業行動の抜本的変化が、凍えた日本のデフレマインドを大きく溶融するだろう。

(つづく)

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