【企業研究】変貌するジャパネットが仕掛ける長崎スタジアムシティの大勝負
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(株)ジャパネットホールディングス
誰もが一度は耳にしたことがある先代高田明社長の顔と特徴的な語り口。社長の人間味を前面に押し出してテレビショッピングの新しい魅力を開拓したジャパネット。1986年に創業した(株)ジャパネットたかたは2007年に持株会社の(株)ジャパネットホールディングスを設立した。15年に長男の旭人(あきと)氏が社長を引き継ぐと、21年にはグループ売上高過去最高を更新したが、その一方で、通販の次を見据えたまったく新しい事業に乗り出し、長崎で社運を賭けた大勝負を仕掛けている。
通販業売上は過去最高 中高年層に絞った販売戦略
(株)ジャパネットホールディングス(以下、ジャパネットHD)の連結売上は、コロナ禍の巣ごもり需要で2020年12月期は19年同期比20%アップの2,405億円、21年12月期はさらに積み増して2,506億円となり過去最高を更新した。売上の95%以上はグループ中核で通販事業を担う(株)ジャパネットたかた(以下、ジャパネット)が占める。利益はほとんど公開されていないが、17年12月期にジャパネットは113億9,800万円、ジャパネットHDは7億9,280万円いずれも当期純利益として計上している。
好調な売上を背景にジャパネットHDは物価上昇への対応として、23年4月から2年間で正社員の平均年収を10%アップ、契約社員とパートを含む非正規社員についても10月から平均月収を4%アップすることを発表した。
ジャパネットの通販戦略は顧客ターゲットを50代以上の中高年層に絞り込んでいる。顧客の年代別構成を見ると、30代以下17%、40代11%、50代20%、60代30%、70代18%、80代4%。この顧客層は、商品やサービスを選ぶときの情報入手先として、主に旧メディアを利用する年齢層に該当する【図1】。
ジャパネットはテレビ・ラジオ・カタログ・チラシといった旧メディアを中心に複数媒体を駆使したメディアミックスで顧客を囲い込む。テレビに対する信頼度が高い世代に対して、テレビを通して顧客の茶の間に入り込み、購入を促す。顧客の懐に入り込むのはテレビだが、購入経路としては顧客定着率の高い紙媒体へ誘導する。ジャパネットの売上の約半分は紙媒体(カタログ、チラシ)が占める。同社いわく「自分で探し回るより、手間をかけずに良い商品を買いたい」「世の中に溢れる商品のなかから選択するのは大変だ」と考える消費者のニーズに応え、最終的に「ジャパネットが勧めているのなら買う」という顧客をつくる。結果として「ジャパネットのお客さまの多くは、その日に購入する予定ではなかった方も多いのではないかと思います」と語るようなジャパネット主導の小売を実現する。
ジャパネットは中高年層をターゲットとした商品ジャンルをさらに広げている。同社の主力商品は家電・生活用品だが、旅行業にも力を入れており、グループ会社が17年に第1種旅行業を取得しクルーズ旅行を自主企画、18年にはクルーズ船を貸し切って3,500人分を完売するなどした。22年には(株)スターフライヤー(北九州市)との業務提携も発表した。また、23年からは自社ブランドによる健康食品の取り扱いに乗り出す方針も示している。
メディア戦略も強化し、グループ会社で制作・放映するBS放送「BSJapanext」を22年に開局、スマホ用公式アプリで無料放映している。現状の番組はゴルフ中継など中高年向けだが、買い物する気がなくとも番組だけで楽しめるエンターテイメント性を高めた戦略をとっている。
ジャパネットの課題は若年層の取り込み
中高年層を主要顧客とする現状の販売戦略だが、課題は若年層の取り込みだ。【図1】の通り、旧メディアを情報源とする中高年層と、新メディアを情報源とする若年層には歴然とした違いがある。しかし、若年層取り込みのためにネット販売(EC)を強化するにしても、家電ECは激戦区で、『月間ネット販売』によれば、20年度の家電EC売上高は、ヨドバシカメラ(約2,221億円)、ビックカメラ(約1,487億円)、ジャパネット(約790億円)、上新電機(約717億円)、ヤマダ電機(約700億円)などがひしめく。そのなかでジャパネットは商品ラインナップが狭く、あくまでも中高年層向けの「1点推し」商法であり、若年層が性能や価格を比較して購入にたどりつくだけの豊富な商品情報を取りそろえるスタイルに転換して他店と競うことは容易ではない。
また、現代の日本の若年層は節約志向が強く、「モノ消費」に慎重である。その一方で、若年層の関心は経験や体験を重視する「コト消費」に移っているとされる。16年の消費者庁の消費者意識調査で、「あなたが現在お金をかけているもの」として「スポーツ観戦・映画・コンサート鑑賞」を選んだのは、30代以上は15%以下であるのに対して、20代までの若年層では20%以上と、大きな違いがみられる。そのような若年層を取り込む戦略は何か。
民間主導の地域創生事業 長崎スタジアムシティプロジェクト
ジャパネットHDは15年に旭人氏が社長を引き継いだ後、グループ会社を次々に立ち上げた。19年に通信販売事業とならぶもう1つの柱として掲げたのが「スポーツ・地域創生事業」だ。17年に長崎県のプロサッカークラブ「V・ファーレン長崎」を買収、20年には長崎県初となるプロバスケットボールクラブ「長崎ヴェルカ」を立ち上げ、21年10月のシーズンからB.LEAGUEに参加した。
新事業の中核となるのは「長崎スタジアムシティプロジェクト」である。現在、長崎市中心部にサッカースタジアム、アリーナ、ホテル、オフィス、商業施設を複合した施設を建設中で24年に完成予定としている。総事業費は800億円超。長崎駅から徒歩10分の場所に土地面積は6万8,746m2。資金、企画、運営すべてにおいてジャパネットHDが事業者となり、一貫して民間主導で行う。
長崎といえば、唯一無二の歴史と文化、豊富な観光資源をもつ都市だ。しかし長崎県は人口減少率が九州・山口・沖縄の9県のなかで山口県とならんで最も大きく、20年と比較して、30年には山口県とともに人口が11.4%の減少(九州全体は6.6%減少)、50年には36.3%減少(九州全体は24.7%減少)と予測される(九州経済調査協会)。長崎市も例外ではなく、22年末で40万人弱だが50年までに30万人を割るという予測もある。
ジャパネットHDは長崎市に若者をターゲットとした娯楽施設が少ないことに注目し、スポーツを目玉にしたランドマークとなる娯楽施設によって、「コト消費」に強い意欲をもつ若者の心をつかみ、人口流出の抑制と、長崎への若者流入のきっかけをつくりたい考えだ。人口問題という社会課題を民間主導で解決する事業モデルを創出しようとしている。
商品としてのスマートシティ 課題は施設の収益化
だが、長崎スタジアムシティは単なる若者向け娯楽施設ではない。ICTを駆使したミニスマートシティの実証施設を目指すことに大きな狙いがある。ジャパネットHDはICTの導入でソフトバンクと提携する。ソフトバンクはスタジアムシティ内の通信環境を提供して、施設内の人やモノなどの動きをデータとして収集するとともに、データをAIで分析し、人流の最適化や施設の有効稼働、消費行動の活性化につなげる。利用者はスタジアムシティ専用のスマートフォンアプリを通して、施設内の食事や各種サービスの注文、施設への参加、駐車場等を利用する。その際、価格変動などを通して、AIがデザインするシティ内の最適行動に誘導される。
ソフトバンクはすでに自身の本社が入居するオフィスビル「東京ポートシティ竹芝」においてスマートビルを実証実験中である。長崎スタジアムシティは先述のように、さまざまな施設が複合した小さな街であり、日常的なオフィス空間と非日常的なイベント、エンターテインメント空間が複雑に融合する。当初からスマート化を目的とした施設を一から設計建設することで、ミニスマートシティとして完成度が高い空間を実現、その成果を実証することによって、ミニスマートシティモデルそのものを商品化することもジャパネットHDとソフトバンクの狙いである。
課題は収益化だ。収益の柱となるのは11階建てのオフィス棟である。1~3階は商業施設、4階以上はオフィスや10、11階はシェアオフィスにする計画だ。オフィスは1フロア660坪超。オフィスフロア全体で5,070坪程度と見込まれる。また、入居企業としては、ICTを活用した新ビジネスの創出に意欲をもつ企業を誘致したい考えだ。すでに長崎大学の大学院(情報データ科学分野)が4階への入居を発表しており、大学院誘致によって、人材確保を期待する企業と、企業との連携強化を図りたい大学側双方のニーズに応える。もう1つ入居を発表したBPO(業務外部委託)事業大手のトランス・コスモス(株)(東京都豊島区)は、AIの研究開発なども行うBPO×DXの旗艦センターを開設する予定としている。
長崎市の大型ビルのオフィス空室率は5%台だが、長崎駅近辺では昨年、駅前電気ビル約1,600坪が竣工、今年秋には新長崎駅ビル約2,200坪(オフィス分)が竣工予定である。スタジアムシティのオフィスはスタジアム景観や無柱空間メガフロアを売りとして、相場より高めの賃料設定とみられるが、はたしてICTの実験・実証施設という付加価値によって新産業集積地としての誘致効果をどれだけ発揮できるか、今後の入居状況に注目である。
V・ファーレン長崎 施設全体の広告・販促
収益化の一番の課題はサッカースタジアムとアリーナである。屋内アリーナ(6,000人収容)では長崎ヴェルカが年間30試合程度、スタジアム(2万人収容)ではV・ファーレン長崎が年間20試合程度行う。スタジアムシティへの所要時間が30分圏内人口は約50万人、1時間圏内は約80万人。これにJ1で最も規模が近いのは大分トリニータである。大分トリニータは19年のJ1復帰時に平均観客数1万5,000人を達成した。V・ファーレン長崎も18年のJ1昇格時に平均観客数1万1,000人を超えたものの、すぐJ2に降格となった。長崎市中心部にホームスタジアムを構えて再度J1昇格すれば、平均観客数1万5,000人を目指すことは可能と思われる。
【図2】を基にV・ファーレン長崎の経営目標を考える。17年にジャパネットHDが買収したV・ファーレン長崎は、20年12月期にコロナ禍によって10億2,600万円の経常赤字となった。このためジャパネットHDは8億3,000万円を補てんして、債務超過を回避している。(19年から20年にかけての広告料4億円弱マイナスは、ジャパネットHDが19年に実質の赤字補てんとして広告料名目で支出したものを、20年から特別利益に振り替えたため。)21年12月期も同じく10億2,900万円を補てんしている。ちなみに、Jリーグクラブチームの赤字の補てんは親会社の損金として扱われる。
今後、V・ファーレン長崎がJ1に昇格した18年の営業収入(23億2,300万円)まで戻ったとしても経常黒字は達成できない。ジャパネットHDの買収後、チーム人件費を13億円台(サガン鳥栖、大分トリニータと同水準)まで引き上げて、全体の営業費用が30億円弱に達しているためだ。この営業費用で経常黒字を実現するには、①平均観客数1万5,000人、②客平均単価2,500円、③広告料17億円が必要だ。この目標を達成した九州のクラブチームとしては、①は05~09、19年の大分トリニータと18、19年のサガン鳥栖。②は13、18、19年のサガン鳥栖(コロナ禍期間は除く)。③は18年のサガン鳥栖。よって3条件を同時に満たしたのは18年のサガン鳥栖のみだ。
ほかにもジャパネット得意の通販・小売で営業収益を伸ばすことはできるだろうが、おおよそ上記の条件が目安になる。広告料17億円にするには21年実績から5億円の積み増しが必要だ。とすると、ジャパネットHD以外に大口のスポンサーが現れるかは不明だが、J1に昇格してもしなくても、ジャパネットHDは現状の広告料とは別に5~7億円程度の広告料あるいは赤字補てんでチームを支える必要があるということだ。
ここでV・ファーレン長崎の「広告」の意味合いが重要になる。先述の通り、長崎スタジアムシティはスタジアムと他施設が融合する複合空間である。ジャパネットHDが目指すのは、スタジアムの単独収益化ではなく、スタジアムを付加価値とした施設全体の価値創出だ。ホテルやオフィスにスタジアム景観を提供し、VIP空間を設けて高単価プランを設定する。また、スタジアムの試合、イベントや各施設への来場者を、ICTによる人流・消費誘導によって他施設の収益につなげる。その意味では、V・ファーレン長崎の広告・赤字補てんは、長崎スタジアムシティ全体の広告・販促費として捉えることができる。
プロジェクトの成功のカギは情報公開に基づく信頼関係
ジャパネットHDが昨年12月に発表した見込みによれば、スタジアムシティの年間想定利用者数は約850万人、経済効果は約963億円という。これが達成できるかは、先述の収益化とともに、ジャパネットの通販が力を入れる旅行企画や、アリーナ・スタジアムの試合日以外のイベント稼働、BS放送等の自社メディアを駆使したプロモーションによって、スタジアムシティを新体験空間としていかに演出して集客につなげられるかが焦点となる。
ほかにも課題はある。総事業費は19年当初のプロジェクト発表時は500億円超としていたが、原材料費高騰などにより900億円まで膨らむ可能性も出てきた。また、スタジアムシティ外の課題として、施設周辺に引き起こす交通渋滞がある。長崎市は狭隘な土地のため交通量を逃がす幹線道路が限られており、利用者が自家用車で直接スタジアムを目指す場合、市中に大渋滞を引き起こすことは避けられない。その対策として、JRやバスの利用を促すほか、郊外に駐車場を設けてスタジアムまでシャトル輸送する方式の確立が必要だ。行政側もJR長崎駅からスタジアムシティまでの一部道路を歩道優先で拡張することを検討している。
もう1つの課題は情報公開姿勢だ。ジャパネットHDはグループの利益に関する情報を公開していない。本件のように公共性のある事業であれば、地域や行政との協力体制を強化するために、今後、利益についての透明性が求められる可能性がある。また、当社はジャパネットHDに本プロジェクトに関する取材を申し込んだが断られた。どうやら「すべての記事内容をジャパネットHDがチェックできない取材は受けない」ということらしい。この姿勢についても、今後、地域に対する影響の検証や協力のために、ジャパネットHDのオープンな姿勢が求められる。行政側は本プロジェクトの公共性の高さを重視しており、長崎市は庁内に「長崎市サッカースタジアム検討推進チーム」を立ち上げて、ジャパネットHDと協議する場を設け施政に生かす姿勢を示している。道路整備を検討しているのも、ジャパネットHD側の利益のためではなく、スタジアム来場者が周辺地域へ周遊することを期待しての施策の一環だ。
本プロジェクトに対する期待は大きい。ジャパネットが通販事業で培ってきた商品プロモーションとメディア戦略のノウハウは、スタジアムシティのみならず、長崎という観光資源を売り出すプロモーターとして、今後発揮されることが期待される。民間主導の迅速な決定と果敢な挑戦が、停滞した日本の地域経済に新風を入れることになるかもしれない。その期待に応えて、ジャパネットHDが掲げる地域創生の本旨をまっとうするには、オープンな情報公開に基づく地域との協力関係をも含めた、民間主導の地域創生モデルを示すことが必要である。
旭人氏が社長就任から数年を経ないうちに先代明氏が築いた通販の牙城を離れて打って出た新事業は、過去2年間のコロナ禍が示す通り、通販事業とはまったく経営環境が異なるフィールドであり、先代以上に経営者としてマルチな手腕が問われる舞台であることに間違いない。明氏が築いた通販事業を財源としたビッグプロジェクトが、それ自身および通販事業を新次元に導く突破口として成功を収めるのか、それとも大黒柱の通販事業の重石となるのか、2代目旭人氏の真価が明らかにされることに経済界は注目している。
【寺村朋輝】
<COMPANY INFORMATION>
代 表:高田旭人
所在地:長崎県佐世保市日宇町2781
設 立:2007年6月
資本金:1,000万円
売上高:(21/12連結)2,506億円関連記事
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