大江健三郎氏死去によせて
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大江健三郎氏はノーベル文学賞受賞時の記念講演を「あいまいな日本の私」と銘打ち、氏に先立って同賞を受けた川端康成を念頭に置いた。自分より先にノーベル文学賞を受賞すべきであった人として、井伏鱒二、安部公房、大岡昇平らの名前を挙げていたように思う。また、子息である光氏の視点を通して描かれる首だけになった三島由紀夫の影もあった。彼ら文学者たち、とくに大江氏の文学を通してつきつけられていたものに、世界文学のなかで日本文学とは何かというテーマがあった。
氏がフランス文学を専攻していたように、文学というものを世界との比較のなかで捉えざるを得ない立場に立たされるというのは、近代以降、高等な文明を目指した「日本」の立ち位置そのものであり、氏の文学には戦後派のかたちでそれを背負い戦う姿が現れていた。落語家(噺家)であったなら、「西欧の朗読劇に比べて日本の落語は…」などとは言わないだろう。たとえ、上方と江戸を余談で比べるようなことがあったにしても、主題にはならない。面白くないから。しかし、書き言葉で戦う文学は、否応なしに西欧の文学に対する葛藤にさらされてきた。そこには文学というものの自由さとともに、不自由さ、苦しさがあった。氏は戦いの場所を文学として知力を武器に戦後においてなおも戦う知の巨人を象徴する人であった。
世界は氏が文学を生み出していた時代とは、知の在り方が大きく異なる時代に入ろうとしている。異なる時代に身を置いたとき、氏の文学をもう一度読み直し、あるいはかたちを変えて文化の表層に表すとき、かつて氏の文学世界に苦しさを感じていた私は、氏が歩んだ個としての文学の闘いのなかに解放感を感じるだろう。
氏は文学の歴史の大きな記憶として、これからも輝き続ける。
【寺村朋輝】
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