自由の女神とスエズ運河の縁~中東こぼれ話
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元丸紅バグダッド支店長、海外業務部長
位野花 靖雄 氏NetIB-Newsでも「BIS論壇」を掲載している日本ビジネスインテリジェンス協会(中川十郎理事長)より元丸紅バグダッド支店長・位野花靖雄氏による「自由の女神とスエズ運河 の縁(えにし)」と題する記事を共有していただいたので、掲載する。
ニューヨークの観光名所の1つである世界遺産・自由の女神像。この女神像はフランスの彫刻家フレデリック・バルトルディが、米国の自由と民主主義を象徴するとして制作したもので、米国の独立100周年を記念してフランスより寄贈されたものです。
2年前の3月、国際物流の要衝であるスエズ運河で日本企業が所有する大型コンテナ船が座礁し、世界経済に多大の影響を与えたことは私たちの記憶に新しいところですが、建設途上のスエズ運河でバルトルディが体験した出来事が、「自由の女神像」の誕生に関係していたことはあまり知られていないようです。
元祖女神像
彫刻家バルトルディは、野心的で商才のある芸術家のようでした。「自由の女神像」の話が出てくる10年前のことです。彼はエジプトに旅行し、当時フランスが工事していた世紀の土木工事といわれるスエズ運河プロジェクトに着目し、スエズ運河の入り口に自作のモニュメントを建てる構想を売り込もうと模索しました。
彼がスエズ運河で建てようとした像は、ベールで頭部を覆い、たいまつを高々と掲げたエジプト農婦をモチーフとし、「エジプトがアジアに進歩をもたらす」というメッセージを込めたものでした。
当時エジプトを統治していたエジプト太守に、この構想を提案します。しかし、エジプトは破産状態にあり、太守から色よい返事をもらうことができず、残念ながら断念せざるを得なくなりました。
自由の女神
フランスの政治家エドゥアール・ド・ラブレーは、米国が独立して100年を迎えるのを記念して、自由を表す像を寄贈しようと提言します※。その構想に目を付けたのが、バルドルディでした。(※ラブレーは「アメリカにある自由がフランスにはない」との立場に立ち、アメリカの自由をたたえることで人々の関心を引き、自国の政治リーダーをあてこする意図があったと言われています。)
バルトルディはエジプトで売り込みに失敗した女性像のデザインを変更し、ベールの代わりにティアラを戴いた女神像をラブレーに提案し、採用させることに成功しました。女神像の建造費用は容易には集まりませんでしたが、苦労算段し1885年女神像は無事米国に到着します。
米国に到着しても資金問題は残っていました、女神像の台座は米国側が負担することになっていましたが、巨額の建設費に目途が立たず完成に暗雲が立ち込めていました。
それを知ったニューヨークの新聞社の社主が、自らの新聞の一面を使って一般市民からの募金キャンペーンを全米に展開し、あっという間に建設費用を集めることに成功しました。今日では珍しくないのですが、クラウド・ファンディングの第1号だといえるかも知れません。
もしバルトルディがエジプトでモニュメントの売り込みに成功していたら、「自由の女神像」は生まれていなかったかも知れません・・・
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