米国経済の好都合すぎる真実 (謎) と基本矛盾(2)インフレーション(2)
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NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は4月19日発刊の第330号「米国経済の好都合すぎる真実 (謎) と基本矛盾(2)米国経済の基本矛盾とインフレーション」を紹介する。(2)デフレリスク進行時代の基本矛盾
まずウクライナ戦争が勃発するまで先進国世界の最大のリスクと考えられていたデフレ化、日本化(Japanification)とはどのようなものであったのか、を概観してみよう。2000年前後からの日本のデフレ転落以降、世界に忍び寄ったリスクは、企業部門の過剰利潤が退蔵され金利低下と成長率の引き下げという、いわば慢性疾患を米国はじめ先進国経済に与えたことにある、と考えられる。慢性疾患が最も強く進行したのが日本であった。
利潤率と利子率の乖離
現在の先進国経済には2つの不等式が存在し、体制を危うくしている。第一の不等式は、利潤率(r₁)>経済成長率(g) である。「r₁=資本のリターン」が「g=成長」よりも大きいという不等式「r>g」は、大ブームになったトマ・ピケティ氏の議論である。トマ・ピケティ氏は、ベストセラー著書「21世紀の資本」のなかで、資本のリターンが著しく高い一方で成長が低いことにより、格差が漸次拡大していくことを指摘した。彼はこの格差拡大を是正するには、資本に対する累進課税を国際的に導入することが必要だと述べたが、最近では社会主義的手法が必要だと主張している(「来たれ、新たな社会主義-世界を読む2016-2021」(みすず書房2022年)。リーマン・ショック直後、ニューヨークでは、たった1%の人々が圧倒的富を支配しているということで「Occupy Wall Street」という運動も起きた。確かに、現在は企業の空前の高収益時代であり、それがもたらす資産価格の上昇と相まって格差の拡大が起きている。それが先進国において中間層の没落と分断を引き起こし、政治的不安定性をもたらしている。
ならば、それだけでこの時代の経済情勢が理解できるかというと、そうではない。それは起こっていることの半面に過ぎず、もう1つ起こっている現実は、成長よりも資本のリターンが低い、ということである。資本のリターンを計測する指標には、利潤率(投下資本利益率=r₁とする)と利子率(r₂とする)の2つがあり、もう1つの資本のリターンである利子率は、逆に経済の成長率よりもずっと低かったのである。この空前の低金利の背後には空前の貯蓄(=資本余剰)がある。それは貨幣の退蔵を引き起こし、金融政策を著しく困難にしてきた。g>r₂(経済成長率>長期金利)という不等式は、グリーンスパン元FRB議長が謎(conundrum)と言った事象であり、グリースパン氏を困惑させた。2004年から始めた金融引き締めにもかかわらず、長期金利がまったく連動せず、金融引き締めがしり抜けとなってしまい、流動性が個人の投機的住宅投資を加速させてしまった(図表1参照)。
つまり、企業や投資家は超過利潤を享受しているが、それが過剰貯蓄として金融市場内に退蔵され成長率を押し下げ、矛盾を拡大させているという構図である。これは、同じ資本のリターンであるのだが、企業の儲け(利潤率=投下資本利益率)が上昇し、貯蓄者の儲け(利子率=長期金利)が低下して、両者の乖離が際限なく拡大してきたことを示す。低金利で資金調達をして企業投資をすれば大いなる投資利益が得られる恵まれた環境ではあるが、両者の乖離拡大が続けば、どこかの時点で資産バブルが形成され大恐慌型の経済危機、ひいてはシステムの崩壊すら引き起こす危険要素を内包している。
筆者は2007年に上梓した「新帝国主義論」(東洋経済新報社)のなかで、米日で利潤率と利子率の乖離が2000年頃から起こり始め、株高の条件を整えていると指摘したが(P108)、驚くべきことにその乖離が20年にわたって定着し、さらに拡大しているのである。図表2は日米の利潤率と利子率を長期にわたって追跡したものだが、日米ともに2000年頃から両社の乖離が大きくなり、リーマン・ショック後の2010年頃以降乖離が一段と大きくなったことが明瞭である。
新産業革命による労働・資本生産性の上昇が余剰を引き起こしている
この企業の高利潤と空前の金利低下という普通ではない現実は、新産業革命(およびグローバリゼーションによる低賃金労働の享受)がもたらした生産性向上により、企業が著しい超過利潤を獲得していることに根本の原因があると考えられる。つまり、企業は大儲けしている。しかし、儲かったお金を再投資できなくて遊ばせ、金利が下がっている。先進国で顕著になっている金利低下は資本の「slack(余剰)」が存在していることを示唆している。また、雇用と賃金の停滞、(失業率高止まり、低労働参加率、弱賃金上昇力)は、労働余剰「slack」の存在を示している。
IT、スマートフォン、クラウドコンピューティング、AIなどの新産業革命は、グローバリゼーションを巻き込み、空前の生産性向上をもたらし、労働投入の必要量を著しく低下させている。それは直ちに企業収益の顕著な増加をもたらすと同時に「slack(余剰)」を生んでいるのである。ネットデジタル革命による労働生産性の向上、労働投入量の減少は、コロナパンデミックを契機とした在宅勤務、リモートワーク、Zoom、Teamsなどを使ったリモート会議などで一気に拡大し、一段の生産性向上と働き方改革を促している。
また、技術革新はデジタル機器をはじめとする設備機器の急速な価格低下を引き起こし、米国でも日本においても企業は減価償却額をすべて再投資する必要がなくなって久しい。アップル、Googleなどのリーディング企業は巨額の資本余剰を抱えることが常態化している。ソフトウェア開発などの無形資産投資においても、生産性が高まり必要投資額が減少している。安価で装備可能なAIがいよいよ普及期に入り、この動きは加速している。インターネットプラットフォーマーGAFAMは巨額の収益を生んでいるが、事業を継続していくうえでの再投資の必要額は驚くほど小さい。これらは資本生産性の向上(単位資本あたりの生産性向上)といえ、それが企業のキャッシュフローを恒常的にプラスにしている。図表4は米国におけるフリーキャッシュフロー(キャッシュフロー設備投資額)の推移だが、恒常的にマイナスであったものが、2000年頃から恒常的にプラスに変わってきていることが明瞭である。かつてのリーディングカンパニーGE、GMの利益(余剰)は、工場の新設と新規雇用に充当することで経済成長資源に還流したが、今のリーディングカンパニーGAFAMにはそのチャンネルがない。リーマン・ショック以降、米国企業(除く金融)は利益をほぼ100%自社株買いと配当として株主に還元している。過剰償却によるキャッシュ余剰はM&A、スタートアップ企業への投資などの財務的支出に充てられ、コングロマリット化の原資となっている。
(つづく)
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