米国経済の好都合すぎる真実 (謎) と基本矛盾(2)インフレーション(3)
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NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は4月19日発刊の第330号「米国経済の好都合すぎる真実 (謎) と基本矛盾(2)米国経済の基本矛盾とインフレーション」を紹介する。(3)デフレリスクの時代は完全には終わってはいない
企業部門の過剰利潤、資本の退蔵と金利低下という過去20年間の基本構造が、今回のインフレと金融政策の転換により変わってしまったのかが問われるが、今米国経済で観測される現実は、デフレ経済時代の枠組みが完全には変わっていないことを物語っている。
資金余剰は変わっていない
第一に、グローバルに潤沢な投資資金の存在が依然として変わってはいない。歴史的利上げにもかかわらず、潤沢な流動性が健在で、新興国株式や米国の低格付けクレジット市場に流れ、リスクプレミアムは低下し始めている(図表7)。何より5.0%まで短期金利が引き上げられたのに、米国10年債利回りは3.4~3.5%前後まで低下している。これはCPIや名目経済成長率の半分であり、テイラールールに基づけば、依然として緩和的水準にあるともいえる。金融引き締めの効果を金余りがしり抜けにさせているともいえるのだ。シカゴ連銀が計算している金融環境指数は昨年4四半期以降、大きく改善されてきている(図表6)。歴史的な利上げにもかかわらず、潤沢な投資資金が健在であることは、多くの人々にとってまったくの想定外であった。まさに2005年にグリーンスパン元FRB議長が謎といった事態が再現されているかのようである。
この長期金利の低下を先行きの景気不安の予兆とする見方もあるが、よりリスクの高い新興国株式やジャンク債の値上がり、さらには米国銀行貸し出し増加や、世界景気との連動性が高い銅市況の上昇などとは辻褄が合わない。1980年以降、長期金利の低下が景気悪化の前兆ではなかったように、今の長期金利の低下も別の要因によるものである可能性が考えられる。それは何かといえば、上述したように企業部門の生み出す価値が企業部門が必要とする投資より大きく、恒常的資金余剰が起こっている、ということである。
好労働需給下にあっても労働余剰は続いている
第二に、労働市場においても余剰(slack)の存在が消えていない。歴史的利上げ、大手ハイテク企業中心にレイオフの発表が相次いでいるなかで、尋常ではない労働市場の好調さが続いている。2023年1月の失業率は3.4%と53年ぶりの水準まで低下、2、3月も3.6% 、3.5%と好調で、企業の求人意欲は強く、すべてのセクターで雇用が増加している。
しかしそのなかで、賃金上昇率が低下している。図表9を見ると、2022年1月のAHE(平均時給)は前月比0.7%であったが、2023年2月には0.2%に低下している(3月は0.3%)。コロナ禍の下での異常な労働需給ひっ迫が引き起こした、トラック運転手やウェイター、ウェイトレスなど接客業での人手不足は緩和に向かい、非熟練、低賃金分野の賃金上昇率は鈍り始めている。また、高給セクターの金融や情報部門での雇用の伸びが低いことも全体の賃金水準の伸びを引き下げている。
労働市場が弾力的に動き、資源配分の采配が大きく効率化しているとみられる。より具体的には、NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemploymentインフレを加速させない失業率)が低下している可能性が考えられる(図表8)。労働市場ではインターネットによって求人と求職のマッチングが瞬時にできるようになった。また、よりフェアな労働賃金決定が可能になっている。スキルアップによるジョブシフトが給与増+生産性上昇の連鎖を引き起こしているかもしれない。労働者のバーゲニングパワーは健在である。自発的離職者は高水準、企業、とくに中小企業の求人未充足率も高水準で高給を求めての労働者のJob hopping が旺盛である。労働者は容易にスキルにあった職を探し当てることができ、失業期間(中央値)は2023年2月は8.3週と、コロナ禍前2019年の9.3週を下回っている。NAIRUが低下しているとすれば、それは労働力供給余力を意味し、生産増加の一方で賃金上昇が抑制される環境にあるのかもしれない。
雇用が遅行指標でない可能性
このように、金融引き締め下でも雇用ブームが続いており資金余剰も続いていること、雇用活況の下での賃金上昇がピークアウトしていることなど、常識では考えられない「好都合の真実」が起きている。そのなかですでに次の好循環が起き始めた可能性もある。製造業PMIが下落する一方で、非製造業PMIはリバウンドに転じている(図表12)。とくに非製造業での新規受注が好調であり、それは好調な労働市場と消費によって支えられている。だとすれば、雇用は遅行指標ではなく先行指標ということになり、これも常識破りの事態「好都合な真実」といえる。金融引き締めの下でもマンハッタンの家賃上昇が続いていると伝えられるが、それも労働市場の強さに支えられているとの報道がなされている。
企業の求人意欲は強く、すべてのセクターで雇用が増加している(図表13参照)。旺盛な消費が広範な雇用機会をもたらすという好循環は、まったく損なわれていない。1990年代前半の情報化革命、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)革命のときは、機械に置き換えられたホワイトカラーが失業し、労働市場が不振のままのジョブブレス・リカバリーが続いた局面があった。当時と比較すれば、現在がいかに新規雇用機会の創造が旺盛であるかがわかる。
(つづく)
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