2024年11月22日( 金 )

百貨店解体新書(4)なぜ堤清二は沈黙したか 許永中の憤怒(後)

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 西武百貨店を核に、西友、パルコ、ファミリーマート、良品計画、などを擁するセゾングループがなぜ、あっけなく崩壊したのか、永年の疑問だった。グループの総帥、堤清二が唐突に引退したことが崩壊の引き金になった。堤の引退はイトマン事件が一因と言われたが、真相は不明のまま。「戦後最大のフィクサー」と呼ばれた男、許永中の自伝『海峡に立つ・泥と血の我が半生』(小学館、税別定価1,760円)を読んで、その疑問が氷解した。

取引当日に、堤清二がドタキャン

 具体的な取引形態は、許と山崎社長が、福本事務所で取り決めた。買い占められた京都銀行株はアイチに一歩化して、帝国ホテルの部屋でセゾンに引き渡されることが決まった。セゾンは現金を持参する。保有株は2,500万株、総額540億円。1億円のブロックが540個。現金売上輸送車やガードマンを確保した。

 〈事件は受け渡しの当日に起きた。
 一方的な通告は福本さんからもたらされた。

「永中さん、堤が、今回の話はなかったことにしてくれと言ってきた!」
「なんですって!まさか無茶な話!」
「山崎君がきて、泣くようにそういうんだ!」
「いや、そういう問題やないでしょう。そんなことを認められるわけがない」
「山崎君もそれは十分わかっている。本人も会社を辞めるとまで言っているんだ」

「先生、(アイチの)森下さんが嫌がるなか、半分脅かして決めた話です。ご本人も300億円以上も金を出して、株をすべて集めて待機しているのですよ!」

「先生、私(許)は『言ったことは必ず実行する。した約束も必ず守る』という信用だけで、ここまできている男です。こんな話、どう納得できるというのですか!先生、山崎社長はなぜここにいないんですか?人を馬鹿にしているんじゃないですか?京都銀行に対しても、森下さんに対してもどう説明できるんですか!〉

(中略)

〈「先生、本当のところを教えてください。山崎社長から何か聞いているでしょう。なぜ、こんなことになったのか、はっきり言ってください」

 私(許)のただならぬ気配に、隠しようがないと思ったのか、福本さんは苦々しい表情を浮かべながら、観念したように口を開いた。

「本当に貴方には言いにくいことなんだが、原因は貴方なんだ」
「私(許)ですか?」
「いや、貴方そのものがということじゃないんだが、貴方のことなんだ」〉

 許永中の在日という出自、フィクサーという生き方を堤が嫌ったということだ。許は「悲嘆と怒りに震えた」と書く。

 許が、セゾンのピサから絵画を買い上げて、セゾングループに入り込み、西武百貨店塚新店を絵画鑑定書偽造の舞台にしたのは、土壇場でドタキャンして恥をかかせた堤清二に“落とし前”をつけたのではなかったのか。

 堤清二が、許永中に食い物にされたピサ事件について沈黙を貫いたのは、約束を裏切ったことに対する弱みがあったからかもしれない。それが、許永中の自伝を読んだ読後感だ。

 清二の約束の反故が、西武ピサ事件を引き起こした。そのことが、清二がグループ代表を退き、セゾングループの解体を招いたと言っていいだろう。

バブルの徒花として散った堤清二の感性経営

遠ざかるバブル イメージ    堤清二はマルチ人間だった。「経営者」と「詩人・作家」という2つの世界を同時に生きてきた。昼は堤清二として経営にあたり、夜は辻井喬として詩・小説の創作にあてた。女優とのゴシップが週刊誌を賑わせたこともあった。

 西武グループの創業者で衆院議長の故・堤康次郎の次男として生まれた。64年、康次郎の死去にともない、西武グループの流通部門を継承。70年に異母弟の義明が率いる西武鉄道グループから独立して西武流通グループ(のちのセゾングループ)を立ち上げた。

 80年代から90年代初頭にかけて、「生活総合産業」を旗印に、西武百貨店、西友、パルコを中核とした流通グループを、金融、ホテル、不動産開発など100社以上をもつ企業グループに成長させた。

 80年代、堤清二氏は花形経営者だった。店舗を都会的で洗練された消費の発信地とするイメージ戦略を展開。糸井重里氏の「おいしい生活」のコピーは流行語にもなった。高度成長後の成熟した時代を先取りした感性は、詩人・辻井喬のそれであった。しかし、詩人の感性を経営に持ち込んだことが墓穴を掘った。

 グループで1兆円を超えた金融機関からの借入金に頼った拡大路線がバブル崩壊で破綻。91年にセゾングループ代表を辞任。セゾングループは解体に向かった。堤清二は2013年11月25日亡くなった。86歳だった。詩人経営者の感性経営はバブルの徒花として散った。

(了)

【森村 和男】

※本記事は、筆者が過去に執筆したNet IB-News記事に加筆修正を加えて再掲載したものです。

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