世界一の日本酒と焼酎をつくる蔵元 次世代へ事業継承を始める
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(株)喜多屋
本格麦焼酎 喜多屋が世界一に
日本酒と焼酎の両部門で最高位を獲得(株)喜多屋は文政3(1820)年に福岡県八女市で創業した、地酒と本格焼酎の蔵元。同社にとって昨年は受賞多数の1年となった。国内では令和4年全国新酒鑑評会において金賞を受賞。令和4年福岡国税局管内酒類鑑評会においては、吟醸酒および純米酒、本格焼酎の各部で金賞を受賞した。パリで開催された日本酒コンクール「Kura Master 2022」では日本酒の純米酒部門、純米大吟醸酒部門、本格焼酎の芋焼酎部門、樽貯蔵部門の各部で金賞を受賞。ロンドンで開催された「IWSC(インターナショナル・ワイン&スピリッツコンペティション)2022」では「本格麦焼酎 喜多屋」がGOLD OUTSTANDING(最高金賞)を受賞、焼酎製造者部門での最高位となる焼酎プロデューサートロフィーを受賞した。
これは、福岡県の焼酎メーカーとして初の快挙である。日本酒ではすでに「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2013」にて、「大吟醸 極醸 喜多屋」が最高位となるチャンピオン・サケを受賞しており、権威ある国際酒類コンペティションにおいて、日本酒と焼酎の両部門で最高位を獲得した初めての蔵となった。
「コロナで業界全体が落ち込んだなか、多数の賞をいただいたことは大変励みになりました。苦しいなかでも皆で力を合わせて造ったお酒が世界で評価され、誇りに思います」と、代表取締役社長・木下宏太郎氏は喜びを語る。
機械化と雇用環境の整備
幸せな人こそ良いお酒を造る同社は、時間をかけて働き方改革を進めてきた。現在は土日を定休日としているが、酒造業界としては非常に珍しい。日本酒造りは微生物の働きを利用したバイオテクノロジーであり、昼夜、温度や香りをたしかめながら注意深く管理する必要があるため、かつては夜も泊り込みで作業をこなすことが当たり前だった。当然、従業員が家族と過ごす時間は減る。運動会や入学式などの学校行事に関しても、学校が少ない地方では従業員の子どもたちが通う学校が被り同じ日となるため、交代制勤務では出席できない人も出てくる。木下氏はこの状況にずっと心を痛めており、設備投資を積極的に行うなどして、環境整備と福利厚生の拡充を進めてきた。結果、雇用定着率も年々上がってきたという。
「まずは働く人が幸せでなければいけません。それが結果的に品質向上にもつながります。喜多屋を就職先に選んでくれた人を、大切にしています」と語る。現在、従業員に占める女性の比率は4割弱と酒造業界ではかなり高くなった。今後も性別に関係なく誰もが働きやすい職場づくりを推進する。
引き継がれる喜多屋の精神
事業継承を計画的に始める木下社長は60歳となった22年、自身に余力があるうちに、と事業継承に着手した。同年7月に長女の理紗子氏を技術研究室製造リーダーに迎え、山崎慶浩さんを新杜氏に任命し、日本酒の部門では、第一線から徐々に後方支援に回ると宣言している。
「私は中学2年生のときに、継ぐことを決意しました。社長からは『主人自ら酒造るべし』という家憲のもと、先ずは醸造家となれ、生物化学系を深く学ぶため理系に進学するように、と言われました。実は理系は苦手だったのですが、もっともだと思い、九州大学農学部に進学しました。『卒業後は一度外に出て使える人間になってこい』とも言われていたので、山形の銘醸蔵に出向して修行に励みました」と、理紗子リーダーは語る。一従業員として、30kgの米を運び、昼夜問わず酒造りに向き合ったという。折しもコロナ禍で帰省もままならない環境が、一層修行に励む後押しとなった。
理紗子リーダーの右腕となる、新杜氏の山崎氏は入社20年。「私は、高校卒業後に営業職候補として入社しました。未成年でしたのでお酒のことは正直よくわかりませんでしたが、ものづくりに興味があったことと、「喜びを多くの人に届ける」という言葉に強く心を打たれたのです。入社後に酒蔵研修を全員が受けますが、修了後はなぜか営業ではなく製造部に配属になり、そのまま20年です」と微笑む。酒造りに面白さを感じるとともに、家庭をもったことで一層打ち込むようになったという。
木下社長は、ブランドには何よりブランドディレクターの存在が重要だと考える。喜多屋を引っ張っていく力、進むべき方向を灯す存在である。それには酒の味と技術がわかる人物が必須となる。経営者としてマネージメントの力は後からでも学べる。だからまずは醸造家として一人前になるべき、と娘に説いたのだ。
大学院では黄麹菌と清酒酵母の研究をしていた理紗子リーダー。酒造りにおいて、酵母は味と香りの重要な決め手になる。そこで、喜多屋と九大農学部発酵化学研究室、酒類総合研究所の共同研究により、優秀な酵母を選抜する最新技術を開発し、特許取得を目指している。この技術により自社でオリジナル酵母をもつことが可能になった。酒蔵が各県のオリジナル酵母を所有して活用することはあるが、一酒蔵がもつ事例は非常に少ない。時代と消費者の嗜好に合わせて酵母を改変することで、他との差別化、そして生き残りを図ろうとしている。このオリジナル酵母で製造したお酒は、近く完成する予定となっている。
酒は生活必需品ではなく嗜好品であり、顧客にファンになってもらうことで成り立つ。まずは地元福岡で愛され、福岡の食に合うこと、それが東京や海外からも受け入れられるための最初のステップになる。今後、人口減少が止まらない日本国内のマーケットは、縮小していくことが明白だ。一方、海外では日本酒のマーケットが拡大し続けており、先は明るい。現在の輸出先は 13カ国(大使館除く)、売上に占める比率は約10%(日本酒は13%)に達しており、海外販路拡大に向け、営業を強化していくという。
「酒蔵とともに育ち、楽しそうに仕事をする父を尊敬してきました。そして、私が誰より喜多屋を愛している、という自信がありましたので、継ぐべきだと思ったのです。伝統を受け継ぎつつ、父を超えるという意味でも、いずれは私が率いるチームが造るお酒でのIWCチャンピオン・サケ受賞を目指しています」と語る理紗子リーダーの瞳は、強く輝いている。今年はフランスでシャンパン製造の研修に参加する。8代目として、喜多屋を率いる姿を見る日もすぐだろう。
<COMPANY INFORMATION>
代 表:木下 宏太郎
所在地:福岡県八女市本町374
設 立:1951年1月
資本金:2,000万円
TEL:0943-23-2154
URL:https://www.kitaya.co.jp
<プロフィール>
木下 宏太郎(きのした・こうたろう)
1962年、福岡県生まれ、東京大学農学部卒業後、宝酒造(株))(現・宝ホールディングス(株))に入社し営業と製造を担当。92年に(株)喜多屋に入社。99年に代表取締役社長に就任した。趣味は写真とゴルフ。法人名
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