日本企業の脱中国は進むのか
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国際政治学者 和田 大樹
米中対立や台湾情勢、半導体覇権競争などにより、こんにち日中関係は冷え込んでいる。そして、福島第一原発の処理水放出により、中国が日本産水産物を全面的に輸入停止にしたことがそれに拍車をかけている。永田町でもこれはWTOに提訴すべき問題だとか、日本もそれ相応の対抗措置を取るべきだなど、さまざまな意見が上がっている。
この全面的輸入停止の背景には、半導体覇権競争など貿易摩擦をめぐる問題がある一方、中国国内で強まる反政権的な不満も影響している。3年あまりにわたったゼロコロナ政策の影響もあり、中国の経済成長率は鈍化し、若年層の失業率は20%を超え、国民の経済的、社会的不満が強まっている。そして、その矛先は共産党政権に向けられ、昨年秋の共産党大会の時も、北京や上海では反習近平を表明する横断幕が掲げられたり、市民がそういった声を挙げたりする姿が確認された。
共産党政権も国民の不満を強く警戒しており、今回“処理水放出と海産物の輸入停止”という事実をうまく利用することで批判を躱(かわ)し、その矛先を日本に向けさせたい狙いがあった。要は、一種のガス抜きといえよう。現に、中国のネット上では反日的な動画やメッセージがあちらこちらに拡散したが、中国当局はまったくそれに規制を加えておらず、事実上容認している。日本人学校や日本大使館、領事館には石や卵が投げつけられ、現地の日本大使館が邦人に注意喚起を行う事態にまで発展した。
このような状況のなか、今後日本企業の脱中国は進むのだろうか。まず、現在の反日キャンペーンは長くは続かず、一定の時間が経過すれば落ち着きを取り戻す可能性が高い。2005年や2012年にも反日キャンペーンが行われたが、それらの時はデモ隊が暴徒化し、大規模な破壊・略奪行為が行われた。日本企業の工場や販売店が破壊され、日系のコンビニやスーパーは暴力的な略奪行為に遭った。しかし、これらは長期的に続いたわけではなく、今回は以前ほど深刻な状況にはなっていない。
このように、これまでも暴力的な反日キャンペーンがあったにもかかわらず、日本企業の脱中国に拍車がかかったわけではなく、その後も多くの日本企業は対中ビジネスを重視してきたのであるから、今後も短期的には日本企業の中国撤退の動きが拡がることはないだろう。
しかし、こんにち(今後)の中国と昔の中国とでは、経済力も国家としての自信やプライドも違い、現地で活動する外資系企業を取り巻く状況も異なる。最近、日本企業の間でも中国依存を軽減していく動きが拡がっているが、おそらく今回の件も影響して脱中国依存へ向けた動きがいっそう拡がり、インドやASEANなど第三国へのシフトを図る日本企業が増えていくことと思われる。
米中対立は今後長期的に続く。そして、それによって日中間でも貿易摩擦が激しくなる時が幾度も訪れるだろう。日本企業はそういった時を幾度も経験してきたといえばそれまでだが、日本企業は今後、経営戦略のなかで、地政学リスクをいっそう重視していく必要があろう。
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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