【経済事件簿】破産手続き中に当たった宝くじ ロト7の当選金9億円は誰のものか
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福岡地裁で奇妙な裁判が進行中だ。原告は、元弁護士・田畠光一氏の破産管財人。一方、被告は田畠氏が代表を務める(株)通販王国。同社はテレビショッピングなどを中心に活動し、最近では高齢者を支援するための移動販売サービスなども行っている。弁護士の破産自体が珍しいが、裁判の発端は田畠氏の宝くじの高額当選というから驚きだ。ロト7の当選金・9億円をめぐる攻防戦、その背景と内容を探ってみよう。
急転直下
4月19日、福岡地裁でスタートしたこの裁判。原告は破産者・田畠光一の破産管財人・川副正敏、被告は(株)通販王国、訴額5,000万円の不当利得返還請求である。川副弁護士は福岡県弁護士会会長や日弁連副会長を歴任した大物弁護士で、同じ事務所の大神昌憲弁護士は現・福岡県弁護士会会長である。
訴状によると、2020年10月27日、田畠氏は福岡地裁から破産手続き開始決定を受け、川副弁護士が破産管財人として選任された。田畠氏はこの破産事件で、一度は免責を求めたものの、後に取り下げている。免責とは借金を免除することだが、借金の内容によっては認められないケースがある。違法性をともなう行為で生じた借金や、ギャンブルなどの遊興費での借金は免責の対象外となる場合が多い。このため、破産の決定と免責の決定は別の扱いとなっている。田畠氏は免責が認められるかどうかわからない状態で、自ら取り下げた格好だ。
21年10月27日、「破産財団をもって破産手続きの費用を支弁するのに不足すると認める」として破産手続き廃止決定がなされた。破産財団とは破産者の財産で、債権者への弁済や配当のために破産管財人が管理したり処分したりする権利を有するものだ。破産手続き廃止とは、債権者に配当する財産がないため手続きを終了させることを意味する。
この破産事件が極めて異例なのは、20年10月の破産手続き開始決定から、21年10月の破産手続き廃止までの間となる21年4月に、当事者である田畠氏が「ロト7」で9億円を超える金額を当選したためだ。当選金額は、すぐさま田畠氏の口座に入金されたのだが、破産法上、弁済や配当の原資となる財産は破産開始決定時点のものに限られる。当選金額全額が開始決定後に得た新得財産に属するため、破産財団に組み入れることができなかったのだ。
このため債権者と田畠氏の間で、田畠氏が当選金額から任意に相当額を破産財団に組み入れることで配当を行うことが協議されたが、金額をめぐって合意に至らず、破産手続き廃止決定となってしまった。債権者からすれば、目の前に回収可能な資金があるのに、それを取り戻せない状況となったのだ。
争奪戦
破産手続き中に宝くじに当選するという奇妙な物語は、さらに続く。22年8月8日、新たな破産手続きが申し立てられた。申立人(債権者)は破産者・(弁)北斗の破産管財人・三浦邦俊、破産者・(株)くりえいと破産管財人・恒川元志の両弁護士、被申立人(債務者)は田畠光一だ。
田畠氏が設立した北斗は、最終的には同氏が唯一の社員だった。一方、くりえいとは、その北斗に債務整理の相談と法律事務を委任していた会社である。田畠氏が申請代理人となり15年10月に福岡地裁に破産手続き開始を申請、翌11月に開始決定を受け恒川氏が破産管財人となった。
この15年ごろから、田畠氏の弁護士業務の杜撰さが表面化し始める。田畠氏が受任した複数の破産申し立て事件において、依頼者からの預かり金と報酬を区別せず、ほとんどを事務所経費や個人的な使用にあてたというものだ。くりえいとの破産管財人である恒川弁護士は、「田畠と北斗がくりえいとの財産の散逸、防止すべき義務を怠り、くりえいとから受領した預かり金のうち適正報酬額を超える金員を恒川に引き継がなかった」として、田畠氏と北斗に対して損害賠償請求を起こした。この訴訟は17年6月に田畠・北斗に対して1,200万円余りの支払いを命じる判決がおり、その後確定している。
同年8月には、この杜撰な管理を理由として田畠氏および北斗は業務停止1年6カ月とする懲戒処分を受け、北斗は同日、社員の欠乏(田畠氏の懲戒)により解散した。
今回の破産申し立ては、北斗とくりえいと、それぞれの破産管財人が、両社とも田畠氏に対する債権(損害賠償請求権や貸金等債権など)を有するが、ロト7の当選金額が振り込まれた田畠氏名義の口座に残額がなく、任意の支払いにも応じていないことから、田畠氏は支払い不能状態と見做せるとして破産を申し立てたのだ。宝くじ当選で資金ができたにもかかわらず、田畠氏が支払う姿勢を見せないため、資金を自由にできないように、破産管財人の管理下に置く狙いもあるのだろう。この申し立てでは、田畠氏が自らの破産を申し立てたときと同じ川副弁護士が、再び破産管財人になっている。
こうした動きに対して田畠氏は、当選金が自身に帰属することは認めるが、仮に北斗管財人・くりえいと管財人が主張する各債権が認められるとしても、額に照らせば田畠が支払いを拒絶したとしても支払不能とはいえない。つまり自身の債務が当選金額よりはるかに少ないので支払不能ではないとの主張だ。さらに両管財人は田畠氏が当選金を得てから現在まで、強制執行の申し立てをしていないため、本件申し立て(破産)は破産手続きを濫用している。破産手続きは債権回収のための手段ではないため却下されるべきだと主張している。
これに対して両管財人は、田畠氏は通販王国ほか1社に資金を移動し、貸し付けたと主張しているが、貸し付けと認める証拠になるものがない。また通販王国ほか1社の支払い能力や回収可能性も明らかにしていないことから弁済できるとは思えず、支払能力がないとみられ、破産濫用には当たらないと主張。対して田畠氏は回収可能であると主張している。
異端弁護士VS弁護士会
田畠氏は1975年に大阪府で生まれた。小学校入学と同時に、両親の実家である香川県に引っ越した。九州工業大学情報工学部へ進学し、卒業後は日立製作所の技術営業として就職。同社を退社後に弁護士資格を取得し、2005年に不二法律事務所に入所。同所で働く傍ら、08年9月には九州大学ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得している。そして10年4月に経営法律事務所北斗を開設。12年7月には(弁)ゆう法律事務所を設立し、14年3月に(弁)北斗に改称している。北斗解散後はひかり法律事務所として活動していた。
理系出身の弁護士らしく、一般的な弁護士業務のみならず、IT関連の紛争解決や、特許・著作権などの知的財産権の取得・活用などの技術コンサルティングを得意分野としていた。MBAを取得していたこともあり、企業コンサル系の弁護士事務所を目指したようだが、(弁)北斗としてのスタートからトラブルが発生している。14年6月と11月には、同じ依頼主からの2件の交通事故による損害賠償請求事件を処理せず放置したとして、16年4月に戒告の懲戒処分を受けた。担当弁護士の退職や自身の病気などの影響があったとされるが、依頼者への説明や対応が不十分だったことも、懲戒の理由の1つとされている。福岡県弁護士会は、15年8月に預り金流用の疑いで同会内の綱紀委員会に懲戒請求したと、処分決定前に異例の発表を行った。
さらに、複数の破産申し立て事件において、依頼者からの預かり金と報酬を区別せず、杜撰に管理し、ほとんどを事務所経費や個人的な使用にあてたなどの理由で、田畠氏および法人は17年8月に福岡県弁護士会から1年6カ月の業務停止処分を受けた。この処分に対し田畠氏は冤罪であり不当な処分であると主張。「最初から破産申し立ての依頼ではなかった。預り金ではなく、報酬として受け取っていたため、不正ではない。弁護士会の事実認定の方法が曖昧で証拠がない」と主張し、行政不服審査法の規定による審査を請求したが、18年2月に棄却されている。北斗は、唯一の社員である田畠氏が業務停止となったことで事業継続が困難となり、17年8月の懲戒処分とともに社員の欠乏により解散。その後、法人の清算手続きが進められたが、債務超過であったことから18年2月に破産手続きへ移行した。
19年4月には業務の未着手などを理由に業務停止4カ月の懲戒処分を受け、20年9月には依頼主が訴訟提起を要請したが放置したことや弁護士会費の未納などを理由に、退会命令の懲戒処分を受けた。この処分に対しても田畠氏は、冤罪で課せられた業務停止期間中の会費の支払い義務は理屈に合わず、弁護士を辞めたいと言っても懲戒手続き中は辞められないと言われ、その間に積み上がった会費を未納したから懲戒と言われても納得できないと主張している。一方で依頼者に迷惑をかけたことは事実であり、異議申し立てもせず弁護士を辞める決断をしたという。
弁護士は資格を取得し、弁護士会に所属しなければ弁護士業務を行うことができない。退会命令は所属する弁護士会からの排除であり、弁護士資格は失わないが、事実上の廃業勧告である。そして同年11月に福岡県弁護士会への登録が取り消された。
凋落の王国
今回の訴訟の被告である(株)通販王国は17年12月の設立だが、その前身である(有)通販王国は、すでに04年に直村信一氏によって設立されている。直村氏は(株)メディア・プライス(現・(株)はぴねすくらぶ)の通販事業を立ち上げ、売上高200億円以上の企業に育てた人物だ。(有)通販王国は2010年ごろには売上高40億円に達していたが、競合激化やネット対応への遅れなどから失速。経営不振が囁かれていた17年に(有)通販王国に債務を残し、新設分割により新たに(株)通販王国を設立。前身の(有)通販王国は社名を(有)M&Pに変更した。このタイミングで(有)M&Pの代表に就任したのが田畠氏で、19年4月には㈱通販王国の代表も務めるようになった。
時系列的には田畠氏は北斗の解散を余儀なくされ、(有)M&Pの社員時代を経て代表になり、3回目の懲戒で4カ月の業務停止処分を受けたころに、(株)通販王国の代表に就任したことになる。直村氏と田畠氏の関係はよくわからないが、弁護士として仕事ができなくなった田畠氏が、難局に立たされていた通販会社の代表になったということだ。
今回の訴訟では、田畠氏が現在代表を務める(株)通販王国の口座に、当選金のうち5億4,350万円を移したことが争点となっている。田畠氏はこの資金移動を同社への貸し付けと主張しているが、原告側はその法的根拠を疑問視しており、不当利得返還請求権に基づき送金全額の支払いを求めるよう通知した。期限までに支払いもなく、異議その他の反論もなかったため、一部請求として5億4,350万円の内金5,000万円の支払いを求めているのだ。破産管財人からすれば、当選金はあくまで田畠氏個人の財産であり、それを弁済や配当の原資にすべき、ということだろう。
通販王国の近年の実態は不透明な部分が多い。同社の株主構成は直村氏が70%、田畠氏の個人会社である(株)hiloが15%、その他の企業A社が15%となっている。通販王国が経営不振に陥り、立て直しを図ってきたのがhiloで、両社は今も資本提携をしている。また資金繰りに苦しいときに助けてくれたのがA社だという。
19年4月には(有)通販王国の関連会社だった(株)直村企画の代表に田畠氏が就任。また(株)通販王国の子会社である良品紹介(株)は、今年2月1日に再び田畠氏が代表に就任。この他にも田畠氏が代表を務める会社として(株)おたすけ王国などがある。通販王国の21年11月期の業績は売上高が2億2,000万円余りで、約6,500万円の赤字だ。急成長を遂げたかつての面影はすでにない。
通販王国に関係する企業の多くで田畠氏が代表に就任する一方で、2月13日には直村信一氏を代表とする通販王国(同)が設立されている。ちなみにこの直村氏、22年4月に有明海に不時着したセスナ機の事故の唯一の生存者で、同乗していた2名は死亡している。凋落する王国は類まれなる強運の持ち主たちに統治されているのだろうか。
当選金はどこへ
今回の訴訟のポイントである当選金の資金移動だが、田畠氏は、通販王国の株主構成において、自身が大口の貸し付け債権者となると、経営の決定権が複雑化する。そのため、資金の流れを田畠氏→hilo→通販王国として会計処理したと説明している。hiloの21年11月期決算書によれば、hiloは6億7,800万円余りを田畠氏から借り入れ、そのなかから通販王国に5億1,960万円を貸し付けたことになっている。しかし通販王国の同期決算書では、hiloから3億4,500万円余りを借り入れたことになっているが、現預金は700万円弱しか計上されておらず、最終的な資金の行方はわからない。hiloと通販王国の貸し付け、借り入れのギャップと、どのように資金が動いたのか、今後はそこが焦点になるのだろう。
さらに、この訴訟を通じて、田畠氏と弁護士会の対立も垣間見える。田畠氏は「そもそも訴訟の前提となる田畠光一の破産決定は、相当な違法性がある弁護士会の手続きによって強制的になされたもので違憲無効なもの」と主張しており、敵対心を露にしている。
法的に払う必要がない借金でも、お釣りがくるなら払えばいい、どうせあぶく銭だし、というのが一般的な感覚だと思うが、自身の弁護士会との軋轢もあり、とりあえず事業資金に充てることにしたという。背後にはまだ明らかでない要因や複雑な事情が絡んでいる模様だ。今後は裁判の展開を注視し、その顛末を報じていく予定だ。
【緒方 克美】
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