奇妙な岸田自民一強体制 焦点は国内よりもバイデン政権の行方(前)
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ジャーナリスト 鮫島 浩
ポスト岸田候補も野党も岸田政権の脅威とならないなか、岸田首相は来年秋の自民党総裁選での再選を狙う。この奇妙な岸田一強はなぜ成立しているのか。ロシアのウクライナ侵攻で、野党は岸田政権の対米追従を後押しし、なし崩し的な安保政策の大転換の推進を許した。ウクライナ戦争が国際情勢を覆うなか、バイデン政権に依存した岸田政権の一蓮托生関係を論じる。
無風の永田町と奇妙な岸田一強
マイナンバーカードをめぐるトラブルが岸田政権を直撃し、内閣支持率は続落している。岸田文雄首相のキーウ訪問や広島サミットで内閣支持率が急上昇し、首相が自ら解散風を煽った6月の通常国会会期末から永田町の空気は一変。早期解散論はすっかり影を潜め、緊張感を欠く夏となった。
最大派閥・清和会(安倍派)は後継会長が決まらず、茂木敏充幹事長や河野太郎デジタル担当相ら「ポスト岸田」候補は勢いに欠け、ただちに「岸田降ろし」の狼煙が上がる気配はない。岸田首相は来年秋の自民党総裁選で再選をはたすことを目指し、清和会を中心に異論が強かった防衛増税の実施を再来年以降に先送りした。党内対立の芽を摘んで体制を固め直し、総裁再選の流れをつくる作戦だ。
野党第一党の立憲民主党は日本維新の会に政党支持率で下回る状況が定着し、共産党やれいわ新選組との野党共闘の再構築も進んでいない。松原仁氏(衆院東京3区)や徳永久志氏(衆院比例近畿)が相次いで離党し、次の衆院選では維新からの出馬が囁かれている。再び解散風が吹き荒れれば、立憲は「離党ドミノ」が再燃し、選挙前から戦線が崩壊して自滅するかもしれない。次の衆院選で野党第一党から陥落することは確実視されている。
維新は「打倒立憲」を掲げて衆参選挙や統一地方選で躍進し、事実上の野党第一党として存在感を増している。とはいえ大阪中心の地域政党から全国政党への脱皮は簡単ではなく、次の衆院選でただちに政権を奪取できるとは当人たちも考えていない。維新が次の衆院選で公明現職のいる選挙区に候補者を擁立する「決別宣言」に踏み切ったことで、一時はギクシャクしていた自公与党は再結束した。野党同士が激しく張り合うなかで、自公与党はいつ解散総選挙を迎えても「大負け」することはなさそうだ。
どんなに内閣支持率が低迷しても、ただちに政権を失うことはないという「自民一強」の奇妙な安定が政界を覆い、政治から緊張感を奪っている。そのなかで、なし崩し的に進んでいるのが、安全保障政策の大転換だ。
安保政策大転換とバイデン政権の影
岸田首相は昨年末、今後5年間で防衛力を抜本強化するため43兆円を投入すると表明し、「防衛力を抜本的に強化するということは、端的にいえば、戦闘機やミサイルを購入するということだ」と語気を強めた。ウクライナ戦争を機に米欧と中ロの対決構図が強まるなかで、日本の防衛力を増強しつつ、米欧との軍事連携を強化。敵基地攻撃能力をもつため専守防衛を逸脱すると批判される巡航ミサイル・トマホーク400基を約2,000億円で一括購入し、米タイム誌には「真の軍事大国」を目指していると紹介された。
衆院議席の95%を占める自民、公明、立憲、維新、国民の5党は防衛力の抜本強化に基本的に同調し、戦後日本の国是であった専守防衛の大原則は、さしたる抵抗もないまま崩れつつある。タカ派の最大派閥・清和会を率いて憲政史上最長となった安倍政権よりも、ハト派の歴史をもつ第4派閥・宏池会の岸田政権のもとで安保政策の大転換が急ピッチで進むという、実に皮肉な政治状況が生まれている。
岸田首相が世論からそっぽを向かれても政権維持に自信を深めているのは、米国のバイデン政権から全面的にバックアップされているという確信があるからだ。
安倍政権が密接な関係を築いたトランプ政権は、ワシントンやニューヨークの政界、財界、官界、軍部およびメディア界の主流派エリートたちをことごとく敵に回していた。彼らがトランプ再選阻止という1点を目的に担ぎ上げたのが、バイデン大統領である。バイデン政権は米国のエスタブリッシュメント社会の代弁者といってよい。彼ら米国エリートにとって、岸田政権はトランプ政権と密接だった安倍政権よりもはるかに都合が良いのだ。米国益を最大限に引き出すため、岸田政権を延命させて使い倒そうというのが、バイデン政権の対日外交担当者たちの気分である。
バイデンにベタ褒めされ有頂天の岸田首相
バイデン大統領は6月にカリフォルニアで開いた政治集会で、日本の防衛費の大幅増額について「広島を含めて3回、日本の指導者と会った。彼を説得し、彼自身も何か違うことをしなければならないと考えた」と打ち明けた。岸田首相がバイデン大統領の説得に押し切られて防衛費増額に踏み切ったと暴露する衝撃の内容だった。
日本政府は慌てて発言の修正を申し入れ、バイデン大統領は「(岸田首相は)すでに増額を決定しており、私の説得を必要としていなかった」と訂正に応じたが、今度は「日本の軍事予算は戦後ずっと増額されてこなかった。しかし我々と協力している地域(インド太平洋)において、我々を助けるために大幅に増額された」と述べ、日本が防衛費を増額するのは米国のためと改めて強調したのだ。バイデン大統領が岸田首相を「手下」としか思っていないことは、もはや隠しがたい。
岸田首相は7月、対ロシア戦争を続けるウクライナへの軍事支援が主題となる北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議が開かれたリトアニアを訪問した際も、欧州首脳たちの面前でバイデン大統領から「この男がウクライナのために立ち上がると思った人は欧米にはほとんどいなかった」とベタ褒めされ、満面笑みを浮かべる場面があった。
岸田政権が防衛費を大幅増額して米国製ミサイルを大量購入したことも、ウクライナ復興に1兆円の支援を表明してきたことも、中国に対抗するため日韓関係を改善したことも、すべてはバイデン大統領に迫られて実行したことであるというのは、永田町・霞が関の常識である。バイデン政権こそ、自民党内の政治基盤が弱い岸田政権の最大の後ろ盾であり、バイデン大統領の言うがままに対米追従外交を続けることこそ、最大の政権延命策なのだ。
岸田政権がバイデン政権の傀儡と化した直接のきっかけは、昨年2月のロシア軍のウクライナ侵攻である。バイデン大統領はリトアニアで岸田首相をベタ褒めした際、「(ロシア軍の侵攻が)世界全体に影響を与えるということを彼は理解していた」とたたえたことがそれを物語っている。
(つづく)
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校、京都大学法学部卒業。1994年、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年、39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年、特別報道部デスク。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年、福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月、49歳で新聞社を退社し独立。著書に『朝日新聞政治部』『政治はケンカだ! 明石市長の12年』(共著)。
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