2024年10月05日( 土 )

グローバル化を変質させている米中対立 日本政府、企業のあるべき対応は(中)

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東京大学東洋文化研究所准教授
佐橋 亮

 今、世界はウクライナ情勢だけではなく、深刻な米中対立によって大きく揺らいでいる。20世紀後半から世界を変えてきたグローバル化のかたちさえも大きく変わりつつある。米中対立は、なぜそれほど大きなインパクトをもっているのだろうか。一方では、米中が軍事衝突、すなわち有事に陥り、それが世界の平和を脅かすことが懸念されている。他方で、実はより深刻なのは、戦争が起きていないとき、すなわち平時から国際秩序のかたちが変わっていることになる点だ。

米国は対中関与政策を転換(つづき)

    とはいえ、あくまでもトランプ政権と同じように、バイデン政権も中国の今の政治体制を受け入れることはなく、それが将来良くなるという前提をもっているわけでもない。そして、民主党の政権であるために、中国の人権問題にも敏感なところがある。

 バイデン政権の本当の目的は、中国よりも優れた国力、パワーをもつ。そのために科学技術に投資をする。そして中国に経済力、軍事力で追いつかれず、世界的な地位を保つ。そういったことにある。目の前では、たとえば今年初めの中国からの偵察気球や春の台湾の蔡英文総統のアメリカ訪問に対して、バイデン政権は控えめな姿勢をとっているという解釈もできる。しかし、より重要なのは、バイデン政権のもっと大きな狙い、すなわち中国よりも上手(うわて)に立ち続けるということにあり、そうした政策はまったく揺らいでいない。

 それでは、台湾問題で危機はあるのだろうか。今まで述べてきたように、バイデン政権の考え方の中心にあるのは国力の増大だ。そういった中長期的な問題から見れば、台湾問題で重要なことは、今、目の前で危機を起こすことではないということになる。中国はとりわけ2019年以降に台湾海峡付近での軍事活動を長らく活発化させている。中国から見れば、当時すでにアメリカと台湾の関係強化が著しく図られており、それに対抗するために、台湾海峡付近での軍事活動を活発化させているということになるのだろう。そのような中国の動きを見て、アメリカの焦燥感はトランプ政権、そしてバイデン政権と一貫して強いものがある。

 しかし、アメリカの狙いは、中国が台湾に関して軍事的な行動をとることを抑止しようということにある。そのために、台湾自身の防衛力を強化し、いざことが起きたときに、アメリカとその同盟国が適切に対応できるように体制を整えておくことにあると考えている。他方で、中国にアメリカの意図を勘違いさせないように、中国との対話も重要だと考えているわけだ。一方では抑止体制を高め台湾の防衛力を向上させ、他方では中国との対話のチャンネルを確保することで、台湾海峡の平和を当面維持すること。それが、長期的な中国との競争のためにも重要なことだと考えているのだろう。

変化した中国の米国観

 中国はこうしたアメリカの動きをどのように見ているのだろうか。中国から見れば、アメリカは過去半世紀にわたって良きパートナーであったことは間違いがない。すなわち、1970年代にソ連からの恐怖に脅かされていた中国をある意味で助けてくれたのはアメリカだった。そして、国交正常化をした1979年以降は、アメリカへの留学機会や欧米からの大規模な投資、科学技術の支援などを受け取ることができた。中国の視線に立てば、アメリカは非常に心強いパートナーだった。

 天安門事件が89年6月に起きた後も、ブッシュ政権は早い段階から関係の維持を主張していた。そして90年代、クリントン政権は中国の市場に魅せられて、パートナーシップをより強化しようと動く。それは当時の江沢民政権にとっても非常にありがたい話だった。そして中国は2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟する。世界の工場に至る中国の道筋をつけてくれたのはアメリカであり、その同盟国である日本とヨーロッパであった。

 そのような構図は、21世紀に入っても当面続いた。たしかに、アメリカと中国の間には、知的財産権侵害、サイバー攻撃など、問題は多く存在していた。中国と東南アジア諸国における南シナ海領有権問題でもアメリカの対応が問われた。それでも全般的なところで、アメリカと中国は戦略的利益を共有し、アメリカの側は関与政策を維持し、中国側も対米関係を維持するとの基本方針で一致していた。胡錦濤政権、習近平政権と中国側は「新型大国関係」という言葉を使い、アメリカとの関係の維持に非常に注力をしてきたのだ。

 トランプ政権が始まって以降、中国では、そのようなアメリカとの関係がもはや維持できないのではないか。さらにいえば、アメリカは長期的に見れば没落していくのではないか。このような2つの認識が強まっていくことになる。すなわち、一方ではアメリカはもはや信頼できないのではないか。他方では、アメリカは長期的には力が劣っていく、そして中国の力が勝っていくわけだから、もはや米中関係にそこまで縛られる必要もないのではないかといった考え方も強まっていく。もちろん、中国からしてみれば、アメリカの技術力、投資量、貿易量は依然として大きな魅力がある。だからこそ、中国政府は双循環という経済政策を打ち出しつつも、アメリカとの経済関係を維持するために今も努力を重ねているわけだ。

 しかし、大きな視線に立てば、中国はアメリカとの関係の限界に十分に気づいているということになる。それは、習近平国家主席の発言や個々の政策を見ても、はっきりとしていることだ。

(つづく)


<プロフィール>
佐橋 亮
(さはし・りょう)
1978年、東京都生まれ。国際基督教大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(法学)。神奈川大学法学部教授、同大学アジア研究センター所長などを経て、19年から東京大学東洋文化研究所准教授。専攻は国際政治学、とくに米中関係、東アジアの国際関係、秩序論。日本台湾学会賞、神奈川大学学術褒賞など受賞。著書に『共存の模索:アメリカと「2つの中国」の冷戦史』(勁草書房)、『米中対立:アメリカの戦略転換と分断される世界』 (中公新書)など。

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