朝鮮「休戦70周年」と韓国の未来図 自由主義陣営に立ち戻れ(前)
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毎日新聞元論説委員
元ソウル・バンコク支局長
下川 正晴今年は朝鮮戦争の休戦協定締結(1953年7月27日)から70周年を迎えた。第2次世界大戦後の「冷戦体制」を決定づけた朝鮮戦争が、北朝鮮による韓国侵略(南侵)によって引き起こされたことは多くの研究によって立証された明白な史実である。現在の世界情勢は、ロシア(プーチン政権)によるウクライナ(ゼレンスキー政権)への侵略戦争という時代を画する暴挙によって、中露VS自由主義陣営の「新冷戦体制」というべき状況にある。朝鮮戦争とウクライナ戦争、この2つの戦争の相似形を我々は見逃すべきでない。長期的な視点に立って、韓国の望ましい未来図を展望する。
東欧と通底する朝鮮情勢
ここで確認しておくべきは、ユーラシア大陸の東西にある東北アジアと東欧の情勢は、奥深い部分で通底しているという厳粛な事実だ。
朝鮮戦争は、スターリンの東欧戦略上の判断に基づいて開始されたという事実に気づくべきなのだ。これは歴史研究によって、すでに2005年に「発掘されていた史実」である。それにもかかわらず、マスコミや学界周辺で軽視され続けている。これがここで特筆しておきたい「視点」である。
スターリンの秘密電報
この史実の証拠物件を発掘したのは、北京大学歴史学部のキム・ドンギル(金東吉)教授だ。ロシアの3大国立文書保管所の1つ、国立社会政治史文書館(RGASPI)で、同教授が入手した旧ソ連の資料に含まれていた。
その電文とは、1950年8月27日にスターリンがチェコスロバキアのゴットワルト大統領(当時)に送った極秘電報である。
同年7月初めに開かれた国連安全保障理事会会議で、旧ソ連は国連軍の派兵に拒否権を行使しなかった。これに疑問を提起したゴットワルト大統領に対し、スターリンは電文で「米国が安保理での多数決による決議を容易に得られるようにするためだ」と説明。「米国は韓国での軍事介入に巻き込まれることになり、軍事的威信と道徳的権威を喪失しつつある」と主張した。つまり「米国を罠にかけた」とスターリンは自白しているのだ。
とくに注目されるのは、東欧の情勢に関連して、スターリンが朝鮮戦争の開戦動機を語っている部分である。
彼は「米国が朝鮮戦争への介入を続け、中国もまた朝鮮半島に引き込まれれば、欧州で社会主義を強化する時間ができ、国際勢力均衡の面で我々に利益をもたらすだろう」と強調している点である。スターリンの世界戦略には、東欧における社会主義拡大と、朝鮮半島における対米中戦略がリンクしたかたちで存在していたのだ。キム教授はこの事実を2008年に論文で公表した。
不破前共産党議長の告白
この電文は、日本共産党の不破哲三前議長の著書『スターリン秘史 巨悪の成立と展開(6)』(16年)で、日本で初めて全文の翻訳文が紹介された。
不破は同書発行当時の鼎談で「初めてこの手紙を読んだときは、ここまで言っていたのかとびっくりしました」と正直に述懐している。「あの時期に資本主義国の共産党で、スターリンから武装闘争を押しつけられたのは、日本共産党だけです。日本は朝鮮戦争の米軍の後方基地だから、そこで攪乱活動をやれば戦争に有利に働くという判断でやられた作戦でした」と言っている。
これは、スターリンの東欧社会主義化戦略が朝鮮半島・日本の犠牲の上に組み立てられていたのを、日本共産党自身が認めた発言である。
不破の鼎談相手の1人(石川康宏・神戸女学院大名誉教授)は「それにしても、世界を支配しようという人間は、ものすごい絵を描くものですね」と語っている。たしかに「巨悪スターリン」の面目躍如であるというべきか。
ウクライナ戦争と中露の結託
中国の習近平国家主席は今年3月20、21の両日、モスクワでロシアのプーチン大統領と会談した。習近平のロシア訪問は、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻後で初めてだった。
朝鮮戦争の休戦から70年。現代史の転換期に立った今、この中露結託の意味を軽視すべきではない。
現代において、スターリンの世界戦略を踏襲するものは、プーチンではなく習近平である。インテリジェンス史研究で知られる評論家・江崎道朗(九州大学卒)は、習近平の国際戦略を以下のように分析する(「国家基本問題研究所論壇」3月28日付)。
(1)ウクライナをロシア圏に入れることにより、中国の安全保障のための緩衝地帯を拡大する。
(2)来るべき大戦に備えて、西側に反発する諸国を取り込むとともに、ロシアのエネルギーや食糧を中国の影響下に置く。
(3)戦争を長期化させることで、ロシアと欧州の関係をさらに悪化させ、ロシアが中国に背かないようにする。ただし、プーチン政権が崩壊しないように最低限の支援は行う。
(4)戦争を長期化させることで欧州を疲弊させるとともに、米軍を欧州に引き付け、アジアへの兵力展開を遅らせる。
これはウクライナの地政学上の位置が、ユーラシア大陸を挟んで朝鮮半島と正反対の場所にあることを踏まえれば、容易に理解できるロジックだ。朝鮮戦争の毛沢東はウクライナ戦争のプーチンであり、かつてのスターリンが現代の習近平である。ロシアと中国の国力盛衰がなせる技というしかない。
(つづく)
<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)に従事。著作に『忘却の引揚史――泉靖一と二日市保養所』(弦書房、2017)、『占領と引揚げの肖像BEPPU1945-1956』(弦書房、2020)など。関連記事
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