蛭子能収さんと認知症(後)
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最近、漫画家でタレントの蛭子能収さんをマスコミで見かけることが多い。漫画家、競艇ファンというより、認知症当事者としての蛭子さんとしてである。蛭子さんは、2020年7月、レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症であることを公表した。
ローカルバスを乗り継いで、目的地まで行くテレビ番組では、常にマイペースを貫き通す蛭子さんがいた。高視聴率だった番組を降板した理由は、歩行困難であった。その蛭子さんが認知症を患いながらも仕事に打ち込む。現在、65歳以上の認知症の人は600万人を越す。改めて認知症の現在を振り返ってみたい。
「認知症基本法」成立が意味するもの
今年6月、「認知症基本法」なるものが成立した。要旨は「認知症の人を含めた国民各自が個性的な応力を発揮して、互いに尊重し合い支え合いながら生きていける活力ある社会をつくること。認知症になっても希望をもって暮らせる社会」である。立派な文言が並ぶ。だが、ちょっと待てよ、である。どこかで見たことのある文言なのだ。
10年になるだろうか。「地域包括ケアシステム」という画期的な福祉政策が実行に移された。「地域ケアシステムとは、地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制をいう」と明記されている。
「住み慣れた自宅、地域…」と心地よい文言が並ぶが、本音は、特養などの公的な施設の増設・新設が今後不可能な状態で、急増する重度の要介護者を自宅で看る以外に高齢者医療費削減の決め手がないからだ。この2つ、どこか文言が似ていませんか。健常者も障害を持つ人も、認知症の人も助け合いながら暮らす「共生」という高邁な理想が込められている。
実際には、理念ありきで具体的な方策は各自治体に丸投げされたというのが実情である。私が住む行政区では、それこそ一大キャンペーンを掲げて声高に叫ばれた。あれから10年、最重要項目である第二層(現場で具体的に指導的な役割をはたす部署)を包括支援センターに丸投げしたことで、包括の仕事の一環に取り込まれ、以降存在すら見えなくなった。
関係部署間ではそれなりの動きはあるのだろうが、主力として活躍するはずの地域住民には梨の礫。私の周りで「地域包括ケアシステム」を知っている人はほぼゼロだろう。地域(現場)で「サロン幸福亭ぐるり」を運営している私の耳には何も届かない。問題は現場なのである。行政マンが机上で動かしても、現場に届かなければ意味はない。
「認知症基本法」も有識者の意見のみで成立させたのだろう。法律や条令が成立すると、補助金の支給や専門家を派遣して活性化させるという一面もあるが、一方でさまざまな「規制」も含まれる。「地域包括ケアシステム」のようにならなければと危惧する次第。そういえば私が住む埼玉県で「子ども放置禁止条例」なるものが自民党から提出され、波紋を呼んでいる(後に取り下げ)。
埼玉県に住む自民党の皆さまは、子どもが置かれた家庭の現状をご存じないらしい。昔の大家族主義、とくに「夫は仕事、主婦は家で子育てなど家事全般を担う」という妄想が抜けきらないらしい。おぞましいことである。すべて現場なのである。現場で働く人の意見を尊重し、それに対する十分な対価を支払うべきなのである。
先ほどの蛭子さんが最近個展を開いた。新作の絵画19点を発表した。絵画展のタイトルが「最後の展覧会」というのが蛭子さんらしい。蛭子さんと長い付き合いのある雑誌の編集者や漫画家らが企画した。面白いことに作品は漫画的ではなく、すべて抽象画。「認知症だと周りはいうけれど、オレは何も変わっていない」と蛭子さんはいう。
私も出かけるつもりなのだが、はたして私を覚えてくれているだろうか。いや、私が蛭子さんを記憶にとどめておけばそれでいいのだ。
(了)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。関連キーワード
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