「サロン幸福亭ぐるり」から見た、日本の高齢化社会の現実(後)
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ノンフィクション作家 大山 眞人
運営する高齢者の居場所「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)が、私が住む公営住宅集会場で産声を挙げたのは、2008年夏。その5年後に隣接するUR空き店舗で再オープンしてから11年。今夏で16年目を迎えた。これまで延べ4万人以上が来亭し、30人余の常連客が旅立たれた。たった33m2の空間だが、そこに集う高齢者の抱えるさまざまな問題は、高齢化する日本社会の縮図のようだ。
地域包括といいながら地域住民には見えない現実
介護保険を利用するには、地域包括支援センターに連絡。利用者の主治医の報告を基に、介護認定審査会(保険、医療、福祉関係の専門家)が判断し、介護度が決められる。利用者はケアマネージャーがつくったプログラムに従ってサービスを受けることができる。そのなかにはデイケアなど施設の紹介も含まれる。このとき、地域包括支援センターの経営者や特定の医療機関の意向が色濃く反映され、利用者を送り込む場合が少なくない。紹介を受けることが少ない独立系の介護施設経営者から「不公平だ」という苦情が出たことがあった。
地域包括ケアシステム実質稼働の背景にあるのは、地域医療機関の再統合、つまり棲み分けだ。重度の要介護者になれば、受け入れ先(病院・施設)の変更を余儀なくされ、主治医が変わる。軽度な要介護者までは掛かり付けの主治医、重度な要介護者は訪問看護士(医師)や介護施設を有する医療機関に棲み分けられるだろう。後者が地域包括ケアシステムの担い手となる。主治医→地域医療の核となる医療機関へ。患者の移管はカルテの移管にもつながる。スムーズに移管できることを願わずにはいられない。
近年地域包括ケアシステムに関しての情報をまったくといっていいほど耳にしなくなった。協議体の中心となる第一層を社会福祉協議会に置き、実戦部隊となる最も重要な第二層を包括支援センターに一任した。これが大問題なのである。確かに包括の仕事と第二層の仕事内容は似ている。与えられた地域内で仕事をするからだ。しかし、包括支援センターと地域ケアシステムの仕事内容はまったく別物だ。第二層を包括に丸投げしてしまったことで、地域包括ケアシステムの仕事内容が見えなくなった。私が住む地域での説明会はいまだになされていない。包括支援センターの仕事は市の福祉部からの委託事業である。市の意向には逆らえない。社会福祉協議会の事業も市から委託の事業が多く、トップは市からの天下り。行政の身勝手な姿勢が、結局は恩恵を受けるはずの地域住民を見捨てることになる。懇意にさせていただいている公益財団法人さわやか福祉財団の丹直秀氏は、「全国の行政地域の半分以上が第二層を包括にしてしまったことで、動きが鈍っている」と嘆く。
シンガポールにおける人生設計
少し以前のものだが興味深い記事を読んだ。「朝日新聞グローブ」(18年1月7日)の「100歳までの人生設計」という特集の「超高齢化社会を生き抜く シンガポールの挑戦」という記事に、シンガポールの実情が報告されている。その特徴は「生涯働くのが幸せ」という小見出しに現れている。同国は日本を遙かに上回るスピードで超高齢社会を迎えている。しかし、そこには日本のような「先行き不安と諦め」という概念はない。「政府に頼らず、働くことこそ幸せという『教え』が染み渡っていた」と記者は書く(以下、同様に「超高齢化社会を生き抜く」からの引用)。
「東部地区にある大規模スーパー『NTUCフェアプライス』では、300店舗で働く約1万人の半数が50歳以上だ。60歳以上も2割強。最高齢は『82歳の薬剤師』だ。『お年寄りは経験豊富で接客向き。高齢者雇用を率先して進めていく』という」。
「高齢者の就労を押し進める背景には、厳しい現実がある。16年には12%だった65歳以上の人口は、30年には24%に倍増する予測。日本ですら22年を要したプロセスを14年で突き進み、50年には3人に1人が高齢者になるという。出生率は1.2(日本の22年の出生率1.26)と世界最低レベルで、積極的に移民受け入れにも限界がある八方ふさがりのなかで国が選んだのが『働き続ける社会』だった」。
首相のリー・シェンロン(当時65歳)は14年末にフェイスブックで「日本で高齢者福祉が社会の負担になり、若者が不満をもっている。これは『教訓』だ」と紹介し、日本のような事態にならないようにと、国民にハッパをかけた。「元気な高齢者を『楽齢(アクティブ・エイジャー)』と名付け、就労や社会貢献を奨励。60歳を『NEW40(新しい40歳)』と呼ぶなど、『エイジレス(年をとらない)社会』を打ち出す。06年に14%だった65歳以上の就労率は16年には27%と倍増。日本の22%を追い抜いた」。
シンガポールでは高齢者就労だけではなく、高齢者同士の「自助」も支援する。「前首相が設立した『シニアボランティア機構(RSVP)』には元気な高齢者約3,500人が登録し、一人暮らしの高齢者宅の訪問などをしている」。訪問先の住所を登録して、近所の高齢者をマッチングする携帯アプリも導入の予定。「高齢者が施設にこもるのは、死ぬ2年前からでいい。『老後も社会に貢献する』という心構えは現役世代のうちから教え込まれている」と報告する。日本もシンガポールに学ぶことがあるのではないか。
(了)
<プロフィール>
大山 眞人(おおやま・ まひと)
1944年山形市生まれ。早稲田大学卒。出版社勤務を経てノンフィクション作家に。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』(文藝春秋)、『老いてこそ2人で生きたい』(大和書房)、『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)、『克って勝つ―田村亮子を育てた男』(自由現代社)、『団地が死んでいく』(平凡社新書、)『騙されたがる人たち』(講談社)、『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)、『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(平凡社新書)、『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。関連キーワード
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