【トップインタビュー 】娯楽性と快適性を高めた新型船を導入 飛行機とは異なる土俵に移行
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JR九州高速船(株)
代表取締役社長 田中 渉 氏日本で唯一、国際航路を高速船で結ぶ事業を展開するJR九州高速船(株)。コロナ以前から導入を予定していた新型船「クイーンビートル」をコロナ禍での延期を経て、昨年11月から福岡―釜山線に就航した。JR九州グループでさまざまなD&S列車(観光列車)を運行してきた実績を生かし、船内を自由に歩き回れるエンターテインメント性と、快適なビジネスクラスでの高質な旅を新たに提案している。今年7月に代表取締役社長に就任した田中渉氏に話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役 緒方 克美)
復調するインバウンド
アウトバウンドはこれから──これまでどのような業務をされてきましたか。
田中渉氏(以下、田中) JR九州に入社して約30年経ちます。うち約22年間は鉄道関連の仕事に携わっており、主に観光関連の業務に従事し、九州新幹線の部分開業や全線開業などを経験しました。直近の2年間は西九州新幹線の開業に関わりました。人事関連の業務やJR九州の子会社で農業を行うJR九州ファーム(株)の社長を5年務めたほか、ホテルの開発プロジェクトに関わる業務も経験しています。西九州新幹線の開業を無事に見届けた後、今年4月から当社での業務を命じられ、7月に社長に着任しました。
──インバウンドの需要について、当社でも旅行関連の企業からのマーケティング調査が増えています。市場をどう見ますか。
田中 インバウンド観光について、日本全体で好調な状況が報じられていますが、コロナの影響が収束し、外国からの訪日客が急増しているのを感じます。
一方で、アウトバウンドの動向も注視しています。より多くの日本人に福岡から乗船してもらいたいという想いがありますが、日本人のアウトバウンド旅行が復調するには時間がかかっています。コロナ禍で長らく海外に行けなかったこともあり、夏休み時期は海外旅行への興味が高まったようです。しかし、まだピークではありません。今後、状況が少しずつ戻っていくことを期待しています。日本人の旅行のメインが国内にシフトしています。パスポートを再発行する必要がある人も増え、一昔前の状態に戻ってしまっているようです。
こうした状況となっている大きな要因の1つが、日本人の間で「海外旅行は高額」というイメージが広まったことです。先日のニュースで、グアムとハワイから日本に戻ってきた日本人観光客がインタビューされているのを見ました。ハワイではテイクアウトのロコモコが2,700円で、グアムではカジュアルなレストランで2人で3、4品注文して1万6,000円支払ったと話していました。このような報道がなされていることから日本人の間で海外旅行は高いというイメージが広がっています。実際には円安だけでなく、さまざまな要因が絡んでいますが、日本人のアウトバウンド旅行が戻っていないことに寂しさを感じています。
──為替レートの実際の動きは、円安という以上にドル高ですね。韓国では文在寅政権期に最低賃金を引き上げる政策をとったこともあり、物価が上昇したのではないですか。
田中 食品価格があまり上昇していない日本と比べて韓国では食費が増えているのも、そうした政策の影響によるものであり、韓国の市民の実体験では欧米ほど「高くなった」という実感はないようです。ただ、日本人が4年ぶりに韓国を訪れると、海外旅行について実態以上に高価なものと感じてしまうのかもしれません。
ただ、韓国は日本から近場ということもあって旅行先として手頃です。韓国を訪れる層は今後も広がっていくと思います。海外旅行は高いというイメージをもたず、楽しんでほしいと思っています。
──海外旅行は慣れている人と慣れていない人と二極化していると感じます。慣れている人はツアーに参加せず、自分で旅程を組む方が面白いと感じているようです。
田中 そのように自分で旅程を組むことができる人々が現在の旅行市場を牽引していますが、旅行市場の裾野を広げるためには、旅行会社のパッケージツアーも必要です。今後海外旅行商品が増えて、旅行者が増えていくことを期待しています。海外旅行へのアプローチや旅行スタイルは世代によって異なっており、一方では、年配の富裕層は円安をあまり気にすることなく豪華な旅行を楽しんでいます。とくに欧米への旅行が好調だと聞いています。
娯楽性と高質さを武器に
観光市場で勝負──クイーンビートルはビートルと大きく異なっています。主な特徴について教えてください。
田中 クイーンビートルではシートベルトの着用が必要でなくなりました。乗客は船内を自由に移動し、車内でのさまざまなエンターテインメント、たとえば飲食、キヨスク、免税店での買い物、デッキでの眺望などを楽しむことができます。また、客室乗務員とのコミュニケーションも楽しんでもらえたらと思っています。
従来のビートルは飛行機と比べられることが多かったと思いますが、今後は同じ土俵には立ちません。船旅ならではのエンターテインメント要素や快適な移動体験ということを今後の魅力として打ち出していきたいと思っています。
JR九州では、新幹線が新しく開通する際に、地域の魅力を発信することを目的としてD&S(デザイン&ストーリー)列車(観光列車)もセットで造成してきました。観光列車を利用して旅行そのものを楽しむ人々が増えており、D&S列車の旅は非常に人気を博しています。一方で飛行機はシートベルトの着用が義務付けられており、自由な移動やエンターテインメントという点では制限があります。こうした点からみると、クイーンビートルでの旅行はD&S列車の旅と同様に、乗客にエンターテインメントを提供することができます。
このように飛行機とは完全に異なる船旅としての独自の価値を考えました。今後は、(福岡および釜山)市内から空港/港までの移動時間は重要ではなく、乗客にエンターテインメントや眺望に関して満足度の高い体験を提供できるようになったことを、前面に打ち出していきます。
クイーンビートルになり、ビートル時代よりも運航便数は減少しましたが、約500席とビートルの約2.6倍の乗客を乗せることができます。生ビールなどを提供するバーカウンターやキヨスクなどがあり、賑やかに楽しむことができます。キッズスペースなども設けています。
クイーンビートルではスタンダードクラスとビジネスクラスの2種類を設けており、前者は1階、後者は2階です。ビジネスクラスは静かで快適な環境を提供しており、カップル・夫婦など少人数の旅行者や3~4人のグループ向けです。シートの前後幅が140cm幅と大きく、リクライニングの角度も最大160度と大きいことから、周囲の乗客に気を遣うことなくリラックスできます。ビジネスクラス専用で女性用トイレにパウダールームを設置しているほか、アメニティも充実させています。
ビジネスクラスは同料金でAタイプとBタイプの2種類を用意しています。Aタイプはよりプライバシーが保たれる配置となっています。Bタイプは船体の前方に位置し、正面の窓から眺望を楽しむことができます。お客さまの好みや過ごし方によりお選びいただけます。当日座席に余裕があればスタンダードクラスからビジネスクラスへのアップグレードも可能です。すでに多くの方にその魅力を実感していただいています。現在は船内でビジネスクラスの魅力をより広めるための準備を進めているところで、動画で船内の雰囲気やサービスを紹介し、予約時にも情報提供を行う予定です。
今後の旅行市場の動向
需要は二極化へ──運航の体制なども大きく変わったのではないですか。
田中 ビートルでは1隻の客室乗組員は4人でしたが、クイーンビートルでは10人と増やし、免税店、ビジネスクラス、スタンダードクラスなどの各所に配置しています。
操船についても変化があります。船長によると、ビートルでは接岸する際に目視しながら操船できたのですが、クイーンビートルはデッキが3階にあるためそうはいかず、モニターを使用して操作しなければなりません。あらゆることが変わったといってもよいと思います。
──採算が取れるようになるまで、どのくらい時間がかかりそうでしょうか。
田中 船が大きく変わったことで、実質的には異なる商品を提供する別会社というくらい、意識やスタンダードが変わっています。クイーンビートルが昨年11月に就航した当初は、週末だけの運航から始めました。実際に運航を開始して以降も、点検・修理のため運休したこともありました。まだ課題も少なくなく、かつサービスのスタンダードを早く確立できるよう試行錯誤しています。修繕費などのコストがどれくらいかかるかなども含め、模索を続けている段階です。
ビートル3隻からクイーンビートル1隻という体制に変わり、現状では1日に1往復が限度です。また、以前は福岡から釜山へ向かう際に対馬を経由するルートも選択できましたが、いまは釜山に直に向かうルート1本しか選択肢がありません。現在、朝出発と昼出発の便のどらかを運航させており、毎日朝に釜山行きの便を運航させたいところですが、現状ではこうした物理的な制約があります。
ただ、乗せられる乗客数が大きく増えたことから、学生の修学旅行などより規模の大きい団体の提案ができるようになりました。1便ですべての生徒をまとめて運べるというのは大きなアピールポイントだと思っています。修学旅行は仕込みから実施まで約2年と時間のかかる商品ですが、積極的に提案していきます。
クイーンビートルの乗客に関する変化の1つとして、欧米人の乗客が福岡発便、釜山発便ともに増加していることが挙げられます。その要因について分析しているところでして、今後、詳細な情報を得るため、乗客にインタビューする予定です。日韓両国以外の乗客の占めるシェアはコロナ以前と比べてほぼ倍増しました。欧米での日本旅行のニーズが広がっており、韓国と日本が近い位置にあることから、両国での観光を一緒に楽しむ新たな旅行スタイルをとる観光客が増えているのかもしれません。旅行の経験値が増え、大都市以外の地域を選ぶ観光客も増えています。日本は外国人観光客にとって安全で魅力的な目的地の1つです。
鉄道や輸送の歴史を振り返ると、時間をいかに短縮するかということが一貫して重要視されてきましたが、JR九州がのんびりと旅をする観光列車を提唱し、異なる旅行の在り方が注目されるようになったことは、大きな変化だと自負しています。
これは地方創生という観点から見ても意義があります。観光列車はローカル線の途中の駅に停車し、その地域の方々や特産品、景色に触れることができるので、乗客が地域の魅力や価値を発見しやすくなります。旅行・運輸市場ではこのように移動手段に求められる価値が変わりつつあり、今後、ビジネス客と観光客との間で需要が二極化していくものと考えられます。
【茅野 雅弘】
<COMPANY INFORMATION>
代 表:田中 渉
所在地:福岡市博多区沖浜町14-1
設 立:2005年8月
資本金:1億円
売上高:(23/3)約2億円
<プロフィール>
田中 渉(たなか・わたる)
1968年生まれ、福岡県太宰府市出身。93年九州大学法学部卒業、九州旅客鉄道(株)(JR九州)入社。2014年JR九州ファーム(株)代表取締役社長、19年JR九州執行役員事業開発本部ホテル開発部長、21年同執行役員長崎支社長などを経て、23年7月JR九州高速船㈱代表取締役社長に就任。法人名
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