2024年11月22日( 金 )

【クローズアップ】行政本腰で成果出始めた 中小企業の産学連携

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 行政の後押しもあり、かつて中小企業にとってハードルが高かった産学連携が加速し、成果を上げる企業が出始めた。福岡県では(公財)福岡県産業・科学技術振興財団(ふくおかIST)が産学連携を生かした企業支援を実施している。手法は企業での実用化経験のある産学コーディネータを配置して企業と官学を結び付けるというもの。経産省の補助金付プログラム・Go-Techを活用した研究開発支援も実施している。ここでは製品化を実現した例から今後の中小企業の産学連携の可能性を探る。

水産業界の課題克服へ挑戦
(株)ジャパン・シーフーズ

代 表:井上 陽一
所在地:福岡市南区井尻5-20-29
設 立:1987年7月
資本金:1億円
売上高:(22/8)43億円
業 種:水産物加工

 激痛をともなう食中毒を引き起こす鮮魚の寄生虫・アニサキス。現状でこれを防ぐには目視での手作業除去か超低温での長時間冷凍による殺虫しかない。手作業での除去には限界があり、冷凍殺虫すれば味や食感を落とす。この水産業界の永年の課題解決に取り組んだのが(株)ジャパン・シーフーズだ。

アニサキス殺虫装置
アニサキス殺虫装置

    同社はアジの加工食品で製造技術や販売量で国内トップクラス。熊本大学産業ナノマテリアル研究所と組んだ。同社の社員3名と熊本大学に加え、機械メーカーやふくおかISTからも人材が加わり10名のチームが編成された。サポイン事業(現・Go-Tech)では最大約1億円(3分の2補助)まで補助金が出る。同社はそれを最大限活用した。補助金獲得にはふくおかISTのノウハウが大きな助けとなった。2021年4月、足掛け4年の歳月をかけてプロトタイプのアニサキス殺虫装置を開発し、同社に設置した。仕組みは鮮魚に瞬間的に巨大電力を流して殺虫するというもの。完全殺虫と品質維持を両立させた装置だ。文字通り世界初の取り組みで多くのマスコミが取り上げた。

 ジャパンシーフーズ代表・井上陽一氏は「『人材・資金・技術』どれを取っても当社単独では実現できなかった」と産学連携の意義を強調する。現在は処理能力を向上させた次世代機を開発中だ。実現すれば広く水産業界に提供する予定だ。「日本からアニサキスのリスクをなくし、食卓の安心・安全を守っていきたい」と量産化へ向けた研究を続けている。

半導体分野の知見を先端医療で活用
(株)TCK

代 表:小坂 光二
所在地:福岡市東区二又瀬1-17
設 立:2005年3月
資本金:2,000万円
売上高:(22/9)2億1,753万円
業 種:計測機器開発ほか

 (株)TCKは、地域大学のシーズを生かした技術開発を行う産学官国家プロジェクトの成果事業化のため熊本市で設立されたもの。2013年に福岡市に拠点を移し新事業に参入。Go-Tech事業では九州大学、久留米大学、画像処理企業などとチームを編成した。開発したのは生体組織をレーザーでスライスしながら電子顕微鏡で断面を観察し、3D画像をコンピュータ上で再構築するシステム(CT-SEM)だ。このシステムの開発により従来は困難だった細胞の内部のナノレベル(1,000分の1mm)での構造解析が可能になった。現在、先進医療分野を対象に営業を展開している。

電子顕微鏡システム「FL-SEM」
電子顕微鏡システム「FL-SEM」

    同社は、この7月にも産学連携で世界初となる電子顕微鏡システム・FL-SEMを発売している。九州産業大学や(株)アイエスティー(福岡市南区)と開発した。従来モノクロが主流だった分子レベルでのカラー化観察を実現した。この製品は電子顕微鏡をレーザー顕微鏡と融合させた複合装置で、特殊な蛍光試薬を用いる。この開発により病理診断の解析能力が向上した。

 産学連携で成果を上げ続けるTCKだが、Go-Tech事業など行政のプロジェクトに採択されることが製品の社会的ニーズを再確認する場となっており、小坂代表は「事業採択によって自信をもって開発に取り組むことができる」と語る。また、難解な技術分野だが事業採択により金融機関からの評価も高まった。そして、組織運営についても大きな学びを得たという。小坂代表は博士号をもつ研究者でも大学における研究成果の実用化に積極的に取り組めることを示している。今後は海外進出を視野に入れ、Go-Techなどの支援を基軸として産学連携を継続していく構えだ。

コストと品質を両立 鋳造技術で新境地
(株)明和製作所

代 表:生野 岳志
所在地:福岡県糸島市志登130-1
設 立:1959年11月
資本金:2,184万円
売上高:(23/3)7億4,377万円
業 種:電気機械器具製造

 (株)明和製作所は電動工具や産業用機器に使用されるモーターやその部品製造を手がける。それぞれの顧客のニーズに応じカスタム設計し小ロットでリピート生産するのが特徴だ。そのうちモーターのフレームやブラケット(つなぎの部品)などのアルミ鋳造部品をダイカストという製造法で行っている。

 アルミ鋳造製品は木型を転写した砂型で一品ずつ手づくりする「鋳物」と、高温で溶けたアルミ合金を高圧で金型に流し込む専用マシンで量産する「ダイカスト」が代表的な生産方法だ。アルミダイカストは精度が高く金型のコストは高額ながら大量生産により償却できれば、製品単価は安くできる。

 一方で鋳物は型のコスト自体は低額に抑えられるが生産性や精度が劣ることから結果的に製品単価は高くなる。一般的に100個程度までは鋳物、万単位の大量生産がダイカストとなる。同社の顧客からの受注は中ロット数千個単位が多いのが実情だ。また、近年はアルミ鋳物を製造する業者が減少し、鋳物部材の調達や製造委託が困難となっていた。

 こうしたなかで同社が取り組んだのがグラファイトといわれる炭素鉱物を金型の中心部に用いて鋳造する、これまでになかった手法だ。生産ロットと製造コストでアルミ鋳物とアルミダイカストの間を狙った。ただし、グラファイトは高速回転の機械を用いて加工できるが、大量の粉塵が発生し欠けやすい特徴がある。鋳造する際に通気性や潤滑性、耐高熱性に優れるが一方で割れやすいという性質もある。

鋳型にグラファイトを活用した「グラカスト」
鋳型にグラファイトを活用した「グラカスト」

    そんななか、同社は県工業技術センターや九工大とタッグを組み試作を繰り返した結果、アルミダイカストと同一の製品精度・品質の製品製造を実現した。「グラカスト」と命名し商標取得と特許申請を行い、22年4月には自社モーターの部品に適用した。現在は「グラカスト」の特性を生かし、他のアルミ部材の製造受託の事業化を推進している。

ユーザー目線を貫くニッチトップ
(株)アステック(細胞科学研究所)

代 表:園田 勝裕
所在地:福岡県糟屋郡志免町南里4-6-15
設 立:1978年3月
資本金:1,000万円
売上高:(23/2)約31億円
業 種:医療機器製造

 医療用機器などの製造を手がける(株)アステックは、とりわけ細胞培養装置の知見が深い。産学連携への取り組みは01年に始まった。特殊なシートに細胞を付着させる技術を求めていた九州大学と組んだのがきっかけだ。その後、09年に細胞科学研究所を設立し環境が充実すると研究開発の水準を高めていった。

 こうしたなかで19年7月、サポイン事業で画期的な培養装置の開発に取り組んだ。培養工程に人の手を必要としない自動培養装置の開発だ。県工業技術センターと画像解析企業をパートナーに迎え、再生医療製品等の開発を手がけている企業がアドバイザーとして参画した。

幹細胞自動培養装置
幹細胞自動培養装置

    サポイン事業内で目標を達成し、幹細胞用自動培養装置「CELLA i4.0」は23年3月に完成した。4月より販売を開始している。細胞懸濁液をセットすれば回収まで自動で作業できる。従来の手作業での課題である汚染リスクと作業者負担を低減、さらに人件費などのコスト削減も実現した。現在は販路拡大に向けて、Go-Tech事業にて製造ライン向けのGMP対応(製造管理・品質管理基準)装置の開発に着手しており、25年4月の販売開始を目指している。

到達点の共有が成功のカギ

 Go-Tech事業では人材や技術の共有に加え、補助金が提供される。ジャパンシーフーズ井上社長は「『ふくおかIST』のサポートがなければ補助金の獲得はできなかった」としており、その効果を評価する。また、複数の企業は補助金が人件費までまかなえる点をメリットとしてあげる。当然、報告すべき文書の頻度や密度は上がる。文書作成が習慣化学されていない企業にとって負担は小さくない。実際に規定の文書作成段階で国際認証の取得を断念する例が散見される。しかし、「原資は税金。報告義務は当たり前」(Go-Tech採択企業)。研究内容はもちろん、実務面での負担増の覚悟をもてない企業は応募を断念すべきだろう。

 また、今回浮き彫りとなったのは各社の産学官での到達点が共有されていることだ。大学と企業では成り立ちや求める成果が異なる。企業にとって商品化して市場投入し収益を上げることは当然だが、大学は論文に記述することで研究成果を表現できる。また、スピード感やコスト意識にも双方にズレがある。ある採択企業は「企業側がリーダーシップを取っていくことが重要」と指摘する。そのためには信頼関係を構築により議論を戦わせる土壌をつくることが求められる。

 出発点の「何を目指すのか」という強烈な目的意識が逆境を乗り越えた製品化につながっており、製造業以外でも共同開発で画期的な商品やサービスを生み出せることをを示している。

【鹿島 譲二】

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