マンションの一室で起きている孤独の闇(前)
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2020年の国勢調査によると、1人暮らしの人は2,115万人で、総人口に占める割合は16.8%である。1985年調査の1人暮らしは789万人。総人口に占める割合は僅か6.5%。とくに80歳以上の一人暮らしは、この15年で実に15倍に急増している。認知症、孤独死などの問題が現実として突きつけられる。子どもが成長して家を出る。一度家を出た子どもたちが両親(とくに独居高齢者)の介護のために同居するという例は希だ。そこには家族の崩壊から起きる「孤独の闇」が見え隠れする。
マンション自体の資産価値の低下
3年前の秋、私が住む公営集合住宅近くにあるSマンションの8階から出火。80代の男性独居高齢者が焼死した。石油ストーブに給油する際、灯油にストーブの火が引火したのが原因といわれている。男性は認知症で隣近所の住民との付き合いはなく、ひきこもり気味の生活を余儀なくされていたらしい。
問題はこれで終わりではない。集合住宅での出火である。7階から下の階は消防車による放水でほぼ全滅状態。火災保険に加入していた4件は保険で賄うことができたが、未加入の3件は現状のまま売りに出し、二束三文の値段で売却し、Sマンションを出た。突然降って湧いた災難をさぞかし恨んだことだろう。
一方、火元の部屋は3年後の現在も手つかずのままである。近所に住む妻とは数年前に離婚。当然ながら元夫の出した出火に関わろうとはしない。子どもはいるらしいのだが、この件について動いたという話を聞かない。住人が死亡し、所有権が曖昧のままだと当然共益費や修繕費などの諸費用が未収となる。3年も経てばかなりの金額になるだろう。
それは残りの住人の負担としてのしかかってくる。事故物件(火災による)がそのままの状態で残されている。さすがに買い手は付かない。類焼を免れたほかの物件の資産価値の低下に大きく影響する。築49年のSマンションだから、立て替えの問題も出てきているらしい。住人の多くは高齢者で建替えの費用も乏しい。その先に集合住宅が抱える「孤独の闇」が鮮明に見えてくる。
町全体としての資産価値を維持していくために
Sマンションは、私が住む市の第1号目のマンションである。当面の運営に支障を来すことはないと管理組合理事長は断言するが、老朽化した建物には比例して高齢者が多く住む。火元の男性の場合もそうなのだが、管理費、共益費を10年近く滞納している住民もいると聞く。
49年前、N土地開発がここを開発し、戸建とSマンション、それに3棟の中低層階マンションを分譲。「ニュータウン」として世間の耳目を集めた。当時はどれも超高倍率で、当選した家族は抱き合って喜んだという。あれから49年、ニュータウンは完全にオールドタウンと化し、エレベーターのない中低層階マンションは買い手が付かず、最上階に住む高齢住民の多くが、階下に下りることも困難な有り様。自治会加入率もSマンションの数分の1だという。
これに反して戸建の場合は、60坪の敷居面積を2分割して、2棟の新築物件を建て、順調に売れている。悪戦苦闘するマンションとは真逆の様相を呈しているが、「新住民」の多くは自治会未加入者が多く、ニュータウン発足当時にはあった住民同士の高揚感をともなった相互扶助精神は失せ、隣近所との付き合いに限られたソフトな関係を好む。
もっとも自治会長や役員の大半は、入居当時からのロートルで占められ、若くて新しい発想で住民同士の扶助をつくり替える意欲は必然的に排除される。「あの町は住みやすい」という町全体としての資産価値を維持していくのは困難だ。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。関連キーワード
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