2024年12月22日( 日 )

マンションの一室で起きている孤独の闇(後)

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大さんのシニアリポート第128回

 2020年の国勢調査によると、1人暮らしの人は2,115万人で、総人口に占める割合は16.8%である。1985年調査の1人暮らしは789万人。総人口に占める割合は僅か6.5%。とくに80歳以上の一人暮らしは、この15年で実に15倍に急増している。認知症、孤独死などの問題が現実として突きつけられる。子どもが成長して家を出る。一度家を出た子どもたちが両親(とくに独居高齢者)の介護のために同居するという例は希だ。そこには家族の崩壊から起きる「孤独の闇」が見え隠れする。

団地 イメージ    市としても手をこまねいているばかりではない。この49年間で市内には実に約500棟の分譲マンションが誕生した。市民の約15%にあたる5万人が住んでいる。市内には、現在築40年を超すマンションが約130棟。これが10年後には250棟、そして20年後には410棟に達する見込みだと分析する。

 2021年の実施調査によると、「管理組合がない・管理者がいない」が5件、「長期修繕計画が未作成」が11件、「必要な大規模修繕工事が未実施」が22件など、要支援のマンションが47件あった。市では分譲マンションの管理組合に対し、管理状況を5年ごとに届け出るよう義務づけた「マンション管理適正化推進条例」を22年4月に施行。住環境が悪化すれば地域の活力の低下に直結する。

 早急に手を打つ必要性を住民の多くが感じているものの、マンションの場合は「誰かが管理してくれる」と思い込みがちである。管理組合理事になって現状を知らされても手遅れの場合が多い。

新たな管理サービスを提供する会社が出てきた

 理事の多くは輪番制で決められる場合が大半だ。理事の負担は重い。とくに理事長職となると仕事量は大幅にアップする。「鳩の死骸を何とかしてほしい」から、「リフォーム業者の施工内容が気になる」「上の階の騒音がうるさい」など、住民同士のトラブルに巻き込まれることは日常茶飯事。管理会社との打合回数も多く、現役の勤め人にはほぼ無理な話だ。

 理事会を開いても出席しない「幽霊役員」も多く、そういう役員に限って総会で理事会に難癖を付ける身勝手な住人。委任状も出さない幽霊役員が頻発する理事会は、当然流会が増え、重要な問題を先送りすることになる。理事会が機能しないマンションというのは資産価値も急減し、廃墟となる運命を待つしかない。

 実際、建物も住民も高齢化したマンションでは、「理事を引き受ける」こと自体困難を極める。なかには理事を辞退する代わりに、5万円を支払うことを総会で決めたマンション(神奈川県の某マンション)も出てきた。

 こうした状況を回避するために、「役員選出不要」という管理サービス会社が現れた。新サービス「smooth(スムージー)」を展開する長谷工グループがその1つ。スムージーを始めると理事会がないので役員がいらなくなる。理事長代わりの管理者に長谷工コミュニティが就く。

 同社はこれまでの管理会社としての役割に加え、管理組合から管理を受託する側のマンションの代表者としての新たな役割という2役を1社で担う。ただ、これだと「管理費を押さえたい」住民側と、「収益を保ちたい」管理会社と利害関係が対立する「利益相反」になる。

 この状態に対する対策として、「不正の有無には外部の監査法人の点検」「住人や外部監査法人のチェック」「情報の公開と運営の透明化」「日常的な管理状況の住民への定期的報告」「自社への工事発注には、オンライン投票などで賛否を問う」など住民の意見を伝えやすくした。

 新サービス開始の背景には、2020年施行の「民法改正」が関係する。「利益相反の行為であっても、依頼者側が事前に承諾していれば認められる」と明文化された。

 ただチェック機能を強化しても工事発注を自社グループで丸抱えしやすい構図は変わらない。費用を抑える規律が働きにくく、内部管理体制が杜撰な会社が参入すれば、管理組合のお金の着服などの懸念も払拭できない。一番の杞憂は、管理サービス会社に丸投げ状態になりやすいことだ。自分たちの建物なのだから最後まで関わるという姿勢を維持する方が困難かもしれない。

サロン幸福亭くるり イメージ    住民の5分の4以上の賛成を得て建替えが成立しても問題は残る。建替えまでの引っ越しと新しく借りる賃貸などの諸費用。建替え後の入居には、取得費用の追加分が課せられることが多い。高齢入居者の多くは、「このまま住み続けたい」という本音がある。運良く売れて新居に引っ越しても、手元に残された資金と僅かばかりの年金での生活は困難を極めるだろう。前述のSマンションの現状は正にそういう状態なのだ。

 分譲マンションに住み続けるということには覚悟が必要とされる。違う考え方、資金的な格差を有する住民の意見をまとめることは至難の業だ。49年前のあの幸せだった住人に戻ることはない。

※毎日新聞(23年11月6日「『お1人さま高齢者』の貧困)、朝日新聞(23年5月6日「老朽マンション管理不全防げ」)、同(22年11月28日「『役員のいらない』マンション」)参照。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第128回・前)
(第129回・前)

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