2024年11月20日( 水 )

「心」の雑学(6)なぜ忘れたいことほど頭をよぎる?(後)

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「考えないようにする」ことの罠

 さて、ときに私たちを苦しめる抑制の逆説的効果だが、どうしてこのようなことが起きるのだろうか。Wegnerはその後、皮肉過程理論を用いてこの現象のメカニズムを説明している5。この理論では、思考制御における2つのプロセスを仮定する。1つは目標志向の実行過程、もう一方は目標と現状とを比較する監視過程である。

 前者のプロセスでは、思考制御という目標を達成するために、意識から抑制対象の排除が行われる。たとえば、禁酒中なのでお酒のことを考えないようにするために、居酒屋やスーパーのアルコール売場が視界に入らないよう気をつけて生活する、などだ。この実行過程の目標を達成するためには、現在の状態と目標とする望ましい状態との差異をモニタリングする、後者の監視過程が必要となる。監視過程は無意識的な処理のため、普段私たちがその働きに気づくことはない。先ほどの禁酒の例であれば、意図せず飲み仲間の同僚が目に入った場合、監視過程はこの対象を避けるよう実行過程に働きかけ、デスクから移動して別室で休憩をとるなどのかたちで私たちの行動を動機づける。このような2つのプロセスの働きによって、私たちはうまく頭のなかの情報をコントロールしている。

 しかし、この監視過程には落とし穴がある。モニタリングを行うためには、常に頭のなかで抑制対象の情報を活性化、維持する必要がある。つまり、監視のために禁酒(お酒に関する情報を避ける)という目標達成に必要な情報を検討しようと、抑制対象の関連情報(飲み会、居酒屋、アルコール売場、など)を活性化させてしまい、結果として抑制対象を意識しやすい状況を生んでしまうのである。ただし、監視過程は無意識下で処理されているため、通常であればこれは大きな問題にはならない。しかし、「考えてはいけない」といったかたちでこの抑制意図が強くなると、監視過程も強くなってしまい、シロクマ実験のような抑制失敗やリバウンドが起こるのだという。しかも、抑制したい対象がネガティブな内容だったり、忘れようとする動機が強くなるほど、皮肉にもこの逆説的効果は強くなってしまうという。大変残念ではあるが、我々の記憶と思考のシステムは、嫌な思い出ほど記憶に残りやすく、そのうえ考えないようにするほどより頭に浮かんでしまうようにできているのである。

侵入思考との向き合い方

イメージ    こういうシステムをもっているとはいえ、それに振り回されるのも困ったものである。このような認知の特性とどのように付き合い、対処していけばいいのだろうか。思考抑制の研究についてレビューした木村晴氏は、抑制の逆説的効果の低減について、いくつか対処法を提案している6

 たとえば、完全抑制意図の弱化である。思考抑制では、抑制しようとする意図が強くなるほど、かえって侵入思考が強くなってしまう。この傾向を考慮し、そもそも完全に抑制しようとする強い意図をもつことをあきらめるという方法である。他には、事象の体系化も有効である。抑制された記憶は断片的に残りやすいことが知られている。本来なら1つである出来事が、断片化することで複数のイメージに分かれてしまい、コントロールする対象が増えて、思考制御を難しくしてしまう。これを再度1つのストーリーにまとめ直すことで、制御を容易にするという方法である。

 このような事例を踏まえ、木村氏は思考の制御において出来事を開示することの有効性を挙げている。だとすれば、年末の風物詩である忘年会は、我々を悩ます侵入思考に対して、非常に有効なイベントなのかもしれない。忘年会という場で、自らを苦しめるネガティブな思い出を開示・共有することによって、その出来事は公的なエピソードとなる。こうなってしまえば、もはや忘れたい出来事を思考から完全に抑制するという意図を維持することは不可能で、良い意味で完全抑制のあきらめがつくだろう。そのうえ、改めて忘れたい思い出などを人に話すことを通して、断片化した悪いイメージは1つの物語としてまとめ直される。その過程で出来事が整理され、自分のなかで思い出の解釈も変わるかもしれない。もしかすると、笑い話というかたちで、その出来事の意味づけが変わることもあるだろう。他には大掃除なども効果的かもしれない。うまくいかなかったプレゼンの資料や別れた恋人からのプレゼントなど、忘れたい出来事を想起させる手がかりを物理的に除去することは、抑制対象を活性化する機会を避けることができるのだから。こう考えてみると、昔から日本にはうまく思考を制御するための、感性や仕掛けが風習として導入されていたのは興味深い。

 最後に、ここまで読んでくれたあなたにもう1つ朗報がある。先ほど、抑制しようとする気持ちを弱めることが思考の制御に有効という話をしたのだが、実は抑制の逆説的効果の存在と内容を理解しておくだけでも、その効果が弱くなることがわかっている。12月にこの記事を読んだあなたの心が、少しでも軽くなったことを祈っている。と言いつつも、「何だか心の余裕ができた気がする。よし忘年会で今年の嫌な出来事とはおさらばだ!」などと意気込んで、お酒の席で失敗を招き、新たな忘れたい思い出をつくることがないよう、ご用心を。

(了)

5. Wegner, D. M. (1994). Ironic processes of mental control. Psychological Review, 101, 34-52.
6. 木村 晴 (2013). 思考抑制の影響とメンタルコントロール方略 心理学評論, 46(4), 584-596.


<プロフィール>
須藤 竜之介
(すどう・りゅうのすけ)
須藤 竜之介1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は九州オープンユニバーシティ研究員。小・中学生の科学教育事業にも関わっている。

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