2024年12月26日( 木 )

【新春トップインタビュー】変化のなかで新たな観光のかたちを模索 2024年を観光回復の年に

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(株)JTB
執行役員・九州エリア広域代表
篠崎 和敏 氏

 行動、往来の自由が回復し、制限がほぼなくなった観光業界。円安の後押しもあってインバウンドは順調に回復し訪日客の消費額はコロナ以前の水準に戻った。ただ、オーバーツーリズムの対策や欧米豪、富裕層市場の開拓など課題は多く、今後も持続可能な産業として定着させていくためにはさまざまな取り組みが必要となる。九州の観光業界の課題と取り組みについて、(株)JTB執行役員・九州エリア広域代表・篠崎和敏氏に話を聞いた。

インバウンド強化のため中国企業と連携

(株)JTB 執行役員・九州エリア広域代表 篠崎和敏 氏
(株)JTB
執行役員・九州エリア広域代表 篠崎 和敏 氏

    ──インバウンドは回復していますが、現在の観光業界はどのような状況でしょうか。

 篠崎和敏氏(以下、篠崎) 今のインバウンドは観光業界のビジネスとして非常に注目されており、外貨を稼げる貴重な機会です。コロナで全世界の動きが一斉に止まるという事態はこれまでありませんでした。観光業界がダメージを受けたなか、インバウンドがきてくれるのは本当に良いことであり、復活の兆しを見せています。事業者も現在、今後ゼロゼロ融資の返済などを迫られていくなかで、インバウンドの宿泊が増えているのはありがたいことだろうと思います。回復が遅かったら倒産していた会社も多かったかもしれません。

 今来てくれる人を取りこぼさないよう日本の魅力をどんどん拡散していく必要があります。日本はアジアに近く、とくに九州はアジアのゲートウェイであり、アジア市場をしっかり考えないといけません。中国に約1億人いるとされる富裕層を取り込むため、中国の大手旅行会社のTrip.comグループと提携して昨年、(株)JTB INBOUND TRIPを設立しました。

 ただ、インバウンドでも中間層は安いとこから選んで日本にきています。日本人が昔安いからと東南アジアなどに行っていたのと逆の状態です。日本はすごく安い国になりました。日本の国力が落ちており、それに円安、燃油高、彼我の物価の違いなどを感じます。

 ──アウトバウンドの回復はまだまだのようです。

 篠崎 日本から海外に行く人は本当に減っています。大手航空会社の国内線は2019年の約70%まで戻っていますが、海外旅行について当社の事業でいうと約40~45%しか戻っていません。円安と物価に加えて燃料サーチャージが高いことによる三重苦です。

 世界平和も観光業界にとって大事なキーワードの1つだと実感しています。ウクライナ戦争の影響で飛行機がロシア上空を飛べないため、日本からヨーロッパに行くにも、米アラスカ・アンカレッジを飛行するか南を回るなどしてロシア上空迂回ルートを取らざるを得ません。九州でも福岡空港にはフィンランド航空の路線が就航しており、本来は約9時間45分でフィンランドに行くことができ、そこから乗り換えてヨーロッパ各地に行くことができるため非常に便利な路線だったのですが、現在はすごく遠回りをしないといけません。

九州への新たな誘客活動

 ──ツール・ド・九州には関係者や観光客が多くの国から訪れました。

 篠崎 平日にも関わらず、小倉城クリテリウムなどに多くの人がきてくれて、想像以上の反響で大成功に終わったと思います。以前から九州各県がサイクルツーリズムを振興するために、「ナショナルサイクルルート」をつくろうと動いており、良い機会になったと思います。サイクルツーリズムの発展に寄与し、ツール・ド・九州というイベントを目当てにきてもらえるようプロモーションをする商品をつくるのは当社の役目でもあり、今後イベントとして定着していくようお手伝いをと思っています。

 ──欧米の富裕層を取り込むことは以前から課題とされています。

 篠崎 九州観光機構などはアドベチャーツーリズム(以下、AT)に非常に力を入れています。欧米の観光客、とくにヨーロッパの人はバカンス制度により1カ月など長期間休むことができることから一般的に滞在期間が長く、その分地方にも行きます。一方アジアには長期の休暇を楽しむという文化はないようです。また、欧米の観光客は文化や伝統などに価値を見出してくれる傾向がアジアの観光客よりも強く、ATは彼らに対して訴求します。とくに富裕層は人数こそ多くありませんが、一般論として、長い間滞在する傾向があり、またATのような金銭では買えない体験に対して価値を認め、お金を払ってくれると言われています。欧米の富裕層の誘客に力を入れるのにはそうした理由があります。

 ただ、ATには多少の危険をともなうものが結構多く、日本では安全を重視するあまりなかなかそうしたものをつくりきらないという印象があります。そうした感覚を世界のスタンダードに切り替えていくことが大切です。現在は物見遊山がメインですが、今後は日本の自然、歴史、文化の魅力を体験できる商品を磨き上げていくことが大事だと思います。

 九州はまちから近い所に自然があり、屋久島など離島や山も多く、ATの資源が豊富な聖地と言えるでしょう。それらの地域に紐づいた歴史も感じることができます。比較的温暖な九州ではほぼ1年中自然を体験することができます。当社でも関連の商品をつくっているほか、機構の事業などで新しいコースの開拓などに当社も寄与しています。新しいコースは当社で販売するほか、各代理店にも販売していただいています。

観光分野のDX

 ──オーバーツーリズムを避けるためにも、いろいろな地域が独自の商品をつくろうとしています。

 篠崎 オーバーツーリズムは大きな課題の1つであり、当社もいろいろと取り組みを行っています。ただ、特定の目的地・観光地に人気が集中することはどうしてもあります。それを解決できるソリューションを提供すること、合わせて周辺にも魅力ある観光地をつくることで分散させることを考えています。

 CNNやBBCなどが取り上げた場所はやはり有名になり、たとえば北九州市の河内藤園などもBBCが取り上げてインバウンド人気に火が点きました。河内藤園でもかつては救急車も通れないほど渋滞し、ゴールデンウィークには約3時間の渋滞が発生することもありました。市から相談を受け時間制チケットを用意しました。ディズニーランドのファストパスのように、お客が時間通りにきてくれるようになり、渋滞をなくすことができました。鍋ヶ滝(熊本県小国町)という裏側に行ける滝などでも時間制を導入しました。

 観光地は地域と共生できないと結果的に長続きしないと思っており、地域住民に迷惑をかけないことを意識しています。混雑する時間帯などのデータを集積するとともに、ほかの観光地と合わせて回ることを想定して、観光客の導線や訪問・滞在時間を考えるなど、DXを推進する予定です。

 ──DXに関して、九州経済連合会は今年夏にMaaSを実装することを目指しています。

 篠崎 九州交通のカギは2次交通と言われています。MaaSにより2次交通が形成され、ラストワンマイルまでつなげられれば普段行きにくい場所までスムーズに行けるようになります。第一義的には地域住民の足としての役割をはたします。公共交通が成り立ちにくい場合でも、MaaSで交通機関同士が手を組むこともできます。観光客の誘致・移動にもプラスとなるでしょう。当社も(一社)日本旅行業協会(JATA)の一員としてオブザーバーというかたちで関わっていますが、当社のみならず旅行会社、観光業界として応援をしており、引き続き関わっていければと思います。

JTB    ──地域への誘客に関して、どのような点を課題と感じていますか。

 篠崎 日本人が自分のまちのことを知らなさすぎることは好ましくないと感じています。どんなまちなのか聞かれても説明できない人が多く、自分のまちや故郷のことを話したり自慢したりすることはあまりありません。社内で学校事業を担当していた際に、海外にホームステイやファームステイに行った学生らを見てそう実感しました。一方、海外の人は自身のまちのことをよく知っていて、誇りをもっており、見習うべきかと思います。自分の生まれ育ったまち、国にプライドをもって、海外に出るべきだと思います。

 また自分のまちを外国の人にアピールをすることにより、インバウンドが生まれます。CMなどのプロモーションも大事ですが、本当に意味のあるプロモーションとは、市民が自分のまちのことを発信することです。住んでいる人が自分のまちのことをポジティブに語れないのであれば、外から人が来るわけがありません。そこで知恵を絞ることが求められます。ただ日本では国内に対してもそういう発信は少ないです。まず住民が自分たちのまちの良さを知ることから始め、自治体や外部に伝えることは大事であり、当社などもそのお手伝いをしています。

 ──貴社から日本の観光地の魅力を発信ということは、支店でもインバウンド関連の業務が増えているのでしょうか。

 篠崎 旅行会社というと日本発の業務というイメージかと思いますが、当社は数年前からそのように大きく変わってきています。現在では支店がある地区に誘客する事業にも重点が置かれるようになってきました。支店がある場所が賑わってほしいという想いもありますし、それが日本発の商品の販売にも良い影響をもたらします。

 支店長の業務・役割においても、誘客が重要になっています。関連部門の人材をどんどん育てているところです。観光開発プロデューサーというポジションを設置しており、業務は100%その地域のことに専念させます。社員を徐々に誘客業務にシフトさせ、勉強してもらっており、現在では入社後誘客業務のみでキャリアを積んでいる社員も増えているほどです。当社の社員は旅行経験が豊富であり、送る側の気持ちがわかるので来る人の気持ちや受け入れる側の観点も多少わかるという強みがあると自負しています。

 福岡の支店では海外のエージェントからのMICEを含めた九州のBtoBツアー商品に関する提案を受けています。昨年の世界水泳選手権2023福岡大会も当社のエージェントと連携して行いました。

24年は分水嶺の年に

 ──24年の意気込みについてうかがいます。

 篠崎 国内事業は19年の水準に戻っています。当社の24年見通しについては、消費額では19年比6%増と予測しています。一方、海外旅行では人数は19年の約7割にとどまるという見込みです。

 宿泊施設などの人手不足問題は深刻です。観光業界全体では約3割、旅行会社でも約1割不足していると言われています。タクシーの運転手は足りていませんし、バスの運転手は2024年問題に直面しています。客室の清掃を行うスタッフやリネン会社のスタッフもそうです。お客から見える場面で人が足りるようになったとしても、実はお客と接点がない多くの場面での人手不足は顕著なままであり、このままでは観光業の成長は頭打ちになります。単価を上げていくしかないでしょう。お客にとっても消費額が増えていくという感覚になると思います。

 ──見方を変えれば、従来のように値下げをしなくてもいいということですね。

 篠崎 インバウンドの価格に合わせていいということです。都内のある大手シティホテルでは宿泊客の8割がインバウンドで、東京は本当に戻っています。8割はインバウンドなら海外の相場に合わせられます。日本人のお客は1万5,000円を高いと感じていても、海外のお客からは2万円でも安いと思ってもらえるわけです。

 24年は観光回復の年となるよう努力します。24年以降はコロナ明けの特需とは違うかたちで観光をしっかり確立し、拡大できる年にしていきたいです。変わりゆくこの観光業界にしっかり正対できる変わる年にしようと社員に話しています。

 一方、観光のかたちはコロナの3年を経て、大きく変わりました。いろいろな変化が生じているなか、しっかり対応していかないと恐竜のように取り残されていく可能性もありますが、チャンスでもあると思います。24年は分水嶺の年になるでしょうが、変わりきれれば勢いに乗っていけます。

【茅野 雅弘】


<COMPANY INFORMATION>
代 表 :山北 栄二郎ほか1名
所在地 :東京都品川区東品川2-3-11
福岡支店:福岡市中央区長浜1-1-35
設 立 :1963年11月
資本金 :1億円
売上高 :(23/3連結)9,779億7,700万円


<プロフィール>
篠崎 和敏
(しのざき・かずとし)
1967年生まれ、福岡県糟屋郡出身。西南学院大学卒業。90年、(株)ジェイティービー団体旅行九州支店に入社。(株)JTB九州鹿児島支店教育営業課長、福岡支店業務課長、本社法人営業課長、北九州、鹿児島、福岡の各支店長を経て、2022年10月、執行役員・ツーリズム事業本部九州広域エリア代表に就任。(一社)日本旅行業協会(JATA)九州副支部長、(一社)九州観光推進機構副会長、福岡商工会議所観光委員長、(一社)九州経済連合会地域共創委員会地域づくり部会長を務める。趣味はゴルフ。好きな言葉は「笑門来福」/苦しい時こそ笑顔で!

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