SBIHD北尾氏の「天国と地獄」~新生銀行を買収したものの、SBI証券が行政処分(後)
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「天狗の高転び」。自由自在に飛び回る天狗が、何かの拍子に飛び損なうことから、日頃自慢している者が、油断して失敗してしまうたとえである。インターネット金融大手、SBIホールディングス(HD)の北尾吉孝会長兼社長CEO(最高経営責任者)は、まさに天狗そのもの。新生銀行を買収して大銀行のオーナーに収まったのも束の間。傘下のインターネット証券大手、SBI証券が行政処分を受けた。北尾氏の野望と転落の軌跡をレポートする。
金融庁からの天下りを次々と受け入れる
北尾氏は野望の達成に向けて、役員陣の金融庁シフトを敷いた。霞が関からのSBIへの天下りの数は異例を通り越して異常だ。
21年6月29日付で元財務省事務次官の福田淳一氏と元農林水産省事務次官の末松広行氏が社外取締役に就任した。16年6月から社外取締役に就いている元金融担当相の竹中平蔵氏と合わせて、15人の取締役のうち3人が政官界のトップ経験者になる。
顧問には渡辺秀明元防衛装備庁長官、常勤社外監査役には市川亨金融庁検査局総務課主任統括検査官、アドバイザリー・メンバーには、五味廣文金融庁長官が名を連ねる。
SBIHD傘下の中核である(株)SBI証券の執行役員には元証券取引など監視委員会統括責任者の木村行成氏と山崎浩志氏。
SBI生命保険の代表取締役社長には小野尚元財務省関東財務局長、保険監督経験者を取締役や執行役員として採用している。保険会社を統括する持株会社のSBIインシュランスグループ会長兼社長は乙部辰良元財務省関東財務局長、執行役員は元金融庁監督局のOBだ。金融庁の出先であるSBI出張所と皮肉られる有り様だ。
菅義偉首相の後ろ盾を得る
北尾氏は政界にも人脈を広げる。
〈午前7時25分、官邸発。午前7時33分、東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」着。同ホテル内のレストラン「オーキッド」で北尾吉孝SBIホールディングス社長と会食。午前8時39分、同ホテル発〉
20年10月5日の首相動静は、菅義偉首相がインターネット金融大手SBIHDの北尾吉孝社長と約1時間朝食をしたと伝えた。
後日、北尾氏は菅首相(当時)と朝食を共にした際、地方銀行に出資して収益底上げを図る「地銀連合構想」について、「『いいじゃないですか』と言われた」と評価されたことを明らかにした。
総裁選中、菅氏が「将来的には(地銀の)数は多すぎるのではないか」と発言した際、SBIの北尾社長が政策に関与しているのではないかとささやかれた。
北尾氏の後ろ盾だった菅政権が倒れ、旧日本長期信用銀行出身の岸田文雄政権が発足。新生銀が有利との観測が囁かれたが、SBIHDは金融庁からの天下りを多数受け入れた効果がいきた。新生銀の反撃を封じ込めた。
五味氏は旧長銀に引導を渡した当事者
北尾氏流の「政官界接近術」の代表格は元金融庁長官の五味廣文氏だ。五味氏は98年10月、財金分離されたばかりの金融監督庁(現・金融庁)の検査部長として、新生銀の前身にあたる日本長期信用銀行の国有化に関する実務を取り仕切った。つまり、旧長銀に引導を渡した当事者だ。
その後、証券取引など監視委員会事務局長、検査局長、監査局長を歴任、りそな銀行の実質国有化に辣腕を振るった。その実績が評価され、小泉政権下で、第4代金融庁長官(04~07年)に就任した。
17年、SBIHDに天下り。19年まで、社外取締役を務め、今は退任し、アドバイザリーボードのメンバー。SBIは出資先の福島銀行の社外取締役に五味氏を派遣し、銀行再生の一役買う役割を任せていた。
23年1月4日、新生銀行はSBI新生銀行に商号を変更した。北尾氏は五味氏をSBI新生銀の会長に送り込んだ。旧長銀を破綻処理した当事者が、新生銀の公的資金返済の役割を担うことになる。
旧村上ファンド系投資会社が土壇場で参戦
SBI新生銀行は23年9月28日に株式の上場を廃止し、親会社のSBIHDのもとで改革を加速して公的資金の返済に道筋をつける方針を示していた。10月2日付で2,000万株を1株にする株式併合(スクイーズアウト)を実施。SBI新生銀行の株主をSBIHDグループのSBI地銀ホールディングスと預金保険機構、整理回収機構の3社に絞る予定だった。
上場廃止直前に旧村上ファンド系の投資ファンドであるエスグランドコーポレーションが株式の9.75%を取得し、株式を併合した後も10株のうち1株を保有している。
エスグランドというより、買い本尊(株価の吊り上げを図る仕手筋のこと)の村上世彰氏の狙いはどこにあるのか。端的にいえば、公的資金返済のスキームに乗っかってボロ儲けしようという企みだ。
株式併合後、政府系株主が手にするのは2株。エスグランドは1株を保有する。株式併合の際、議決権の端株を買い取り、3,500億円の公的資金の一部を返済しているため、政府系がもつ2株には、公的資金返済額と同じ3,300億円程度の価値があるとみなされている。そうするとエスグランドのもつ1株は、その半額の1,650億円程度の価値になる計算だ。
この株式を手に入れるためエスクランドは2,000株を1株2,800円、総額560億円を投じた。見込める価値との差額は1,090億円程度になる。これだけで巨額の儲けを得られるのだ。
「村上氏、お得意の『コバンザメ作戦だ』」(M&Aに強いアナリスト)。おこぼれを頂戴するコバンザメのように、再編論者の北尾氏にくっつき巨額の利益を手にする手法だ。
SBIが公的資金返済に何十年もかけない限り、効率の良い投資になる。
SBI新生銀は公的資金返済に向けた具体的仕組みについて、25年6月までに決定する方向で協議を進めるとしている。“奇策”を弄するのが得意なSBIHDの北尾氏が旧村上ファンド代表の村上氏の思惑を打ち砕くような方法を見つけ出すことができるのか。条件闘争になることは確実だが2人の対決の行方に関心が集まる。
(了)
【森村和男】
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