分断された世界と中台問題 日本が備えるべきことは(後)
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防衛研究所 軍事戦略研究室
主任研究官 橋本 靖明 氏ロシアのウクライナ侵攻に対して、国連をはじめ世界は有効に対応できておらず、世界の分断が目立っている。アジアでも台湾有事の可能性が指摘される。軍事行動を起こすとなると、事前の準備により察知されるため、実際に行動を起こす可能性は低いと思われるが、中国が台湾に侵攻した場合、日本がどのような事態に巻き込まれ、いかなる対応を取り得るか、考えて備えておく必要がある。
分断された世界における中国と台湾問題(つづき)
中国の習近平主席は、自分が中国を率いている間に台湾問題を解決したいと表明しており、その際に武力を行使する可能性を否定していない。そのため、中国の人民解放軍による台湾侵攻という事態も、決してゼロではない。
しかし、実際に中国が武力による台湾併合を行う可能性は大きいものとも思われない。中国では、いわゆる三戦という、戦争に至らない戦い方があるといわれる。世論戦、心理戦、法律戦の3つだ。この世論戦によって情報を流して世論を誘導し、心理戦によって微妙な圧力をかけるなどしていけば、台湾に親中派政権ができ、さらには平和的な中台統合を求める機運が生じるかもしれない。そうなれば、中国の側でも手荒な方法を採らずに済み、無傷のままで台湾を中国の一部にすることができる。
実際に、国民党の馬英九総統時代(2008〜16年)には、台湾海峡を挟んだ中台間の交流は非常に活発となり、緊張などとくに感じさせない時代であった。しかし、民進党政権に対してはネガティブキャンペーンや、対抗する野党への隠れた支援などを行ってきた。
軍事侵攻は起こるのか
軍事行動を起こそうとしても、秘密にしておくことはできない。22年にウクライナに侵攻したロシア軍の動きは、多くの国から事前に察知され、武力侵攻の可能性が指摘されていた。大規模な軍事侵攻のためには、一般的に事前に相当規模の演習を実施する。
実行に際しては大部隊を集合させ、大量の補給物資を集積し、上陸のための多数の艦艇を軍港に用意する必要がある。これらの地上における軍のさまざまな動きは、宇宙空間からの偵察などによって探知が可能だ。準備活動の際に行われる大量の通信も傍受される。このような探知や傍受は、台湾によってだけでなく、米国などによっても行われ、必要に応じて台湾や関係国に通報され、または一般社会に公開されることもあり得る。完全な不意打ちという事態は考えにくいのが昨今の状況ではある。
実際に侵攻するにしても、大規模な部隊の上陸に適した地点は台湾にそう多くなく、台湾側ではそうした場所には重点的に防御体制を整えているはずだ。そう考えると、短期間での制圧はなかなか難しい。たとえ制圧に成功しても、中国にはより大きな問題が待ち構えている。約2,400万人もいる台湾人が、中国の一部となることを容易に肯んじるとは思われない。台湾では、中台が統一されない方がよいと考える現状維持派が大半を占めている。
もし、軍事侵攻が起きると
とはいえ、「万が一」を考えておくことに意味はある。もし、中国による台湾侵攻があった場合、どんなことが起こるのか考えてみよう。
まず、米国だが、米国には「台湾関係法」という国内法があり、条約のような国際法ではないが、ここで米国は、台湾に対して領土防衛用の装備を提供し、台湾が侵略されたときには軍事行動を取れることを定めている。この軍事行動は義務ではなく、以前より米国は、あらゆる行動を取り得るがどんな行動かはいえない、といういわゆる戦略的あいまい性をもった言い方を続けてきたのだが、近年の大統領発言などを見ると、中国軍が台湾に侵攻した場合、米軍はその中国軍を排除するために行動すると思われる。その場合、日本でも、この事態を受けて、いくつかの対応がありえよう。
日本は近年、いろいろな安全保障関連法制をつくり、周辺の事態変化に適切に対応しようとしている。台湾への中国軍侵攻のようないわゆる台湾有事にも、これらの制度は適用可能と思われる。政府が認定できるのは、重要影響事態、存立危機事態、武力攻撃事態の3つの事態だ。
その状況が、日本の安全に重要な影響があると見なされる場合が重要影響事態だ。この事態では、他の国家の武力行使とは一体化しない範囲で、活動する米軍や、国連憲章の目的に沿って活動する外国軍などに対して、後方支援や捜索救難活動、船舶検査などを通してサポートできる。日本は武力行使を行えないが、たとえば補給などの後方支援なかの日本に対して攻撃が行われれば、それはもう、重要影響事態ではなく、後述の武力攻撃事態になるため、こうした事態は固定されているものではない。
存立危機事態は、日本と密接な関係をもっている国に対して武力攻撃が発生し、その結果、日本の存立までもが脅かされる明白な危険があるという状態を指している。この状態に陥って、他に適当な手段がない場合、日本は集団的自衛権を用いて、実力行使できるよう法整備された。この存立危機事態と認定されれば、自衛隊は集団的自衛権によって、たとえば米軍などを助けて活動できることになる。台湾で有事が発生すると、これらの重要影響事態や存立危機事態となる可能性がある。
日本の領土に直接、外国軍の攻撃が加えられる事態となれば、それは武力攻撃事態だ。尖閣諸島への攻撃や日本国内にある米軍基地への攻撃などが考えられる。日本の領土が攻撃されたのだから、武力攻撃事態として、個別的自衛権に基づいて自衛隊が反撃することが可能となるという考えだ。
台湾有事をめぐってこうした事態が発生すると、沖縄や九州にいる自衛隊は、米軍などへの支援や彼ら独自の活動に従事することになる。そこには、国土と国民を守るためのミサイル迎撃システムの展開も含まれるだろう。そして、彼らの出動後のすき間を埋めるために、東日本や北日本に配置された自衛隊の一部が西日本に移動する可能性もある。その場合には、自衛隊がもっている艦艇だけでなく、防衛省が保有する高速輸送船なども予備自衛官によって運航されるかもしれない。
とはいえ、こうした有事の状況がどれくらいの期間続くのかは予想がつかない。被害の規模も分からない。自衛隊が大量に消費するはずのミサイルや弾丸、消耗する可能性の高い装備品、燃料などをもいかに速やかに補充するのか、また、高いリスクに晒される地域から国民や在日外国人をどう避難させるのか、避難させる場合、どのように大規模な移動をトラブルなく行うのか、といった問題も考える必要がある。もちろん、台湾にいる2万人もの日本人を、軍事衝突のなかでどのように保護し、日本に退避させるのかといった点も考慮すべき大切な問題だ。
こうしたさまざまな問題は、台湾で発生するかもしれない武力紛争の時だけでなく、朝鮮半島で生起するかもしれない武力紛争においても同じように起こる。九州は台湾からも朝鮮半島からも近く、深刻な影響を受けるだろう。政府、地方自治体、自衛隊や警察などの危機管理組織、そして国民全体で考えなければならない問題だ。
※なお、ここに示す見解はすべて筆者個人のものであり、筆者が所属するいかなる機関のものでもない。
(了)
<プロフィール>
橋本 靖明
1983年金沢大学卒業、87年慶応義塾大学大学院修士課程修了。防衛省防衛研究所軍事戦略研究室主任研究官。防衛研究所にて研究室長、研究部長などを経て現職。その間、政府宇宙政策委員会委員、防衛法学会理事、国際宇宙法学会(本部:パリ)理事、ユトレヒト大学(オランダ)客員研究員、防衛大学校や政策研究大学院大学、駒澤大学の講師などを歴任。専門は国際法、安全保障法制。母方は肥前の戦国大名、龍造寺隆信の末裔。関連記事
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