2024年07月16日( 火 )

【経済事件簿・特別編】経済事件の刑事事件化を含めた民事戦略~被害弁償をいかにして最大回収するか~

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 新しいビジネスモデルや技術が次々と登場するなかで、ビジネスチャンスを探す経営者や企業が、詐欺や横領などの経済犯罪に晒されるリスクが高まっている。だが、これまでの経済事件の対応を見るかぎり、被害者が適切な方法で対応していない場合も多く見受けられた。経済事件に巻き込まれたとき、被害者が泣き寝入りをせず、できるだけ被害弁償を回収するにはどのような戦略で臨むべきか。経済事件をはじめとした刑事事件の扱いに詳しい浦田忠興弁護士(大阪弁護士会所属)に話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役社長 緒方 克美)

経済事件の扱い 民事と刑事

浦田法律事務所 浦田忠興 氏
浦田忠興 氏

    ──当社は日ごろ、企業情報や経済ニュースを扱っている関係で、詐欺や横領をはじめとしたさまざまな経済事件に関する情報を耳にします。加害者から被害弁償を回収するには、どのような方法がありますか。

 浦田忠興氏(以下、浦田) 一般的には、詐欺や横領による被害の回復は、民事的手段によって行われることが多いです。主な方法としては、被害者側と加害者側の話し合いによる示談、あるいは損害賠償を求めて民事訴訟を起こす方法などがあります。示談は、費用も時間も最小限に抑えることができるため、被害者にとって最も望ましい解決方法です。しかし、経済犯罪を何度も繰り返すような筋金入りの犯罪者は、被害者と話をする気などありません。話し合いによる示談で解決できない場合、損害賠償請求を起こすことになりますが、こちらは費用も時間もかかります。さらに、たとえ勝訴判決を得たとしても相手に財産がなければ、被害弁償を回収することはできず、勝訴判決はただの紙切れになります。

 ──そのような加害者に対して、どのように対処すべきでしょうか。

 浦田 詐欺や横領は犯罪行為であり、刑事事件として警察や検察による捜査の対象になります。捜査の結果、起訴されて、裁判で有罪判決を受ければ、懲役や罰金などの刑事罰を受ける可能性があります。とくに、実刑判決を受ければ長期間、刑務所に収監されることになるため、民事上の請求は何とも思っていない加害者も、刑事事件で有罪判決を受けることだけは避けたいという心理があります。

 ──では、刑事事件の判決を経て、民事訴訟による損害賠償で被害金を回収するということでしょうか。

 浦田 いいえ、それは最終的な手段であって、その前に示談によって被害を回復するのがベストです。示談による十分な解決に導くには、加害者を「示談で解決したい」という心理に追い込む必要があります。そのためには被害者が、示談で解決できなければ刑事罰に追い込む覚悟があることを加害者に示すことが最も効果的です。

刑事事件化のハードル
受理されない刑事告訴

 ──経済事件では、被害者の刑事告訴を警察はなかなか受理してくれないようです。

 浦田 犯罪捜査規範第63条では、警察官は告訴、告発があったときは受理しなければならないと定めています。しかし、現実には、おっしゃる通り、警察は話を聞いてくれても、被害届あるいは告訴を受理してくれないことが多々あります。その理由としては、業務の多忙もありますが、具体的には主に次のような理由が考えられます。①犯罪事実が明白でない、②証拠が足りない、③犯人特定が困難である、④被害が軽微である、⑤示談で解決できる、などです。

 また、経済事件の告訴が受理されにくいもう1つの理由として、人の命に係わる犯罪でないことと、被害者当人が営利目的の活動を行うなかで犯罪被害に巻き込まれることが多く、警察としては、告訴段階で告訴人が純粋な被害者かどうかわかりにくいということもあります。

告訴と示談をめぐる警察との駆け引き

 ──なぜ警察は、示談できる事件の告訴を受理したがらないのでしょう。

 浦田 理由は、告訴受理後に被害者と加害者が示談した場合、起訴前であれば、被害者は告訴や被害届を取り下げることができるからです。また、起訴後も、被害者が加害者の処罰を望まない旨の示談合意書が裁判で提出されれば、加害者にとって有利な証拠となります。告訴された加害者は、何とか刑を軽くしようとして、被害者との示談に応じる可能性が高くなりますから、警察・検察は示談に利用されることを避けるために、示談の可能性がある事件の告訴受理には慎重になります。

 被害者が示談で事件を解決するための重要なポイントである、加害者を「示談で解決したい」という心理に追い込むタイミングがここにあるわけですが、一方でそれが警察にとって告訴を受理しない大きな理由になっています。警察は、受理前あるいは受理した後も、示談の可能性について何度も確認してきます。もし被害者が示談する可能性が高いと見れば、警察は告訴を受理しません。警察に告訴を受理してもらうには、被害者側が刑事事件として加害者を徹底的に追い詰める意思を示すことが必要です。経済事件をベストな解決に導くには、加害者との駆け引きだけでなく、警察との駆け引きも重要になります。

示談のタイミングと示談金のレート

 ──どのタイミングで示談するのが被害者にとってベストですか。

 浦田 示談のタイミングによって、加害者がいくら支払ってでも「示談したい」と思う場合と、そうでない場合があります。よって加害者が最も示談したいタイミングが、示談金の額が大きくなり、被害者にとってはベストです。

 1つは逮捕前。示談によって逮捕を免れれば加害者は最大の利益が得られますから、大枚を払ってでも加害者にとって最も示談したいタイミングです。もう1つは起訴前。まだ告訴や被害届を取り下げてもらうことが可能ですから、示談によって不起訴となる可能性があります。この2つが最もレートが高く、被害金の回収と慰謝料なども含めて、最も多額の示談金が得られる可能性が高いことになります。

 起訴後はややレートが下がります。それでも示談が成立した場合には、量刑が軽くなる可能性があるため、ある程度高いレートが保たれます。もう1つが判決後に加害者が控訴した場合です。控訴審において示談が量刑の軽減に有利に働く可能性があるため、示談金のレートは高くとどまります。

 しかし、判決が確定した場合は、示談の結果が量刑に影響を与えなくなるため、レートはほとんどゼロに近くなり、加害者が示談にまったく応じないこともあります。その場合は、損害賠償訴訟を提起して被害弁償を回収する必要があります。

【図】示談のタイミングと示談金のレート
【図】示談のタイミングと示談金のレート

 また、このレートは加害者の職業によっても変わることがあります。たとえば、加害者が医師である場合、有罪判決を受けた医師は行政処分によって医師免許を取り消される可能性があります。よって盗撮などといった比較的軽い犯罪行為であっても、逮捕前や起訴前のタイミングにおける示談の金額は、他の職種の人より数倍高いレートとなる場合があります。

 以上から逮捕前と起訴前が、最も効果的に被害弁償を回収できるタイミングになります。しかし、それらは警察が自主的に捜査を開始した事件でない場合は、被害者が警察へ刑事告訴した後になるため、被害者から加害者へ示談をもちかけることは、警察との信頼関係に関わる問題となります。できれば警察とは良好な関係を維持したいですから、被害者にとって最もよい示談のタイミングは、刑事告訴前ということになります。

告訴のスタンバイで加害者を追い込む

 ──刑事告訴前の段階で、加害者に「今、示談したい」と思わせるためには、どうすればよいのでしょう。

 浦田 このまま告訴されれば警察に告訴を受理されて逮捕されるかもしれないと思わせるだけの証拠をそろえて、加害者に通知することです。そのためには、先述した警察の告訴不受理理由①~③をクリアできるだけの十分な証拠を、警察に頼らず被害者側でそろえて、いつでも警察に告訴を受理してもらえるように準備する必要があります。そして警察に対しては、もし告訴が受理されたら刑事事件として徹底的に加害者を追い詰める意思があることを示しつつ、告訴の準備ができたタイミングで、加害者に対して示談を仕掛けます。

 加害者に対して内容証明を送り、十分な証拠をそろえて告訴する準備があること、そして刑事告訴された場合は、逮捕起訴まで持ち込まれる可能性があることを加害者に想像させて、強い圧力をかけることが効果的です。

 ──それでも想像力が足りない加害者は、高をくくって告訴前の示談に応じない場合もあるのではないでしょうか。

 浦田 おっしゃる通り、警察が刑事告訴を受理して、警察から通知を受けてから、慌てて示談を申し出てくる加害者もいます。その場合、加害者が罪を認めて、誠実な謝罪と被害者側としても十分に納得できるだけの示談金を払う意思を示しているのであれば、示談を受けてよいと思います。

 経済事件の加害者にとって、実刑判決を受けることは最も避けたい事態です。たとえば、いくつもの民事請求を抱えている加害者で、そのうちの1つに刑事事件化される可能性がある請求が含まれている場合、他の民事請求の判決を踏み倒してでも、刑事事件化されそうな民事請求の示談に応じようとする場合もあります。それほど、刑事罰のプレッシャーは大きいのです。

民事における仮差押えの威力

 ──ほかにも刑事事件化のメリットはありますか。

 浦田 民事と刑事の両面作戦は、相手が示談に応じず刑事裁判まで進行した場合、被害弁償の回収方法として保釈保証金返還請求権の仮差押えという選択肢を増やすことができます。加害者は、保釈してもらうために保証金を裁判所に納付する必要がありますが、裁判が終わった後に返還される保証金を、被害弁償の原資として仮差押えするのです。すべての場合でこの方法を取れるわけではありませんが、刑事事件化した際の選択肢の1つとして検討の価値があります。

 また、民事上の請求では、仮差押え請求だけでも加害者に大きな圧力をかけることができます。仮差押えが認められると、差押え対象となった銀行口座などの資金を取引に利用することができなくなりますが、それだけでなく、裁判所の差押え通知を受けた金融機関から加害者に対する連絡が大きな圧力になることがあります。被害者の訴えには耳を貸さない加害者でも、重要な取引先である金融機関からの連絡は無視することができず、それを契機に示談を申し出てくることがあるのです。

 仮差押えの例としては、2022年に発生した楽天モバイル(株)に対する巨額不正請求事件で、被害者の楽天モバイルによる、日本ロジステック(株)の資産に対する仮差押え請求が認められました。その結果、日本ロジステックは資金を動かすことができなくなり、仮差押えを受けた同月に民事再生法の適用を申請して事実上倒産するという事態になりました。それほど仮差押えの財務面での圧力は強力です。

刑事として扱う弁護士の力量

 ──福岡で経済事件の成り行きを見ていると、必ずしも刑事事件化の可能性まで踏まえた周到な戦略で民事事件に臨む弁護士が多くないように思われます。刑事事件を扱い慣れた弁護士が少ないのでしょうか。

 浦田 私は刑事事件を多く扱っていますが、民事事件を扱うときと事件の扱い方が根本的に違うわけではありません。ただし、弁護士のスタンスとして異なる点もあります。1つは依頼人との向き合い方です。刑事事件の弁護人は、依頼人が犯罪行為を行った人間であろうと、依頼人に対しては分け隔てなく向き合わなければなりません。たとえ相手が反社の人間であってもです。そのような点で、企業法務を主な業務としている弁護士事務所や、企業の顧問契約をしている弁護士が、同時に刑事事件を扱うことは難しい場合があるかもしれません。

 もう1つ、刑事事件を扱ううえで民事と違うことは、刑事事件にかかわる警察や検察とのコミュニケーションが欠かせないことです。それは日常的に関係部署の窓口とやり取りをして人間関係をつくっておくことや、所管の仕事の進め方を理解しておくということですが、普段の関係構築が不足していると、いざ刑事事件を扱うとなった際に、弁護士が心理的な壁を感じてしまうことがあるかもしれません。そうなると経済事件を民事と刑事の両面で進める作戦も難しく感じられるかもしれません。

 いずれにしても、企業経営者が取引において何か違和感を感じたとき、今後の見通しを立てることができる経験豊富な弁護士に相談をして、早い段階で被害回復に着手すれば、そのぶん被害回復の可能性も高まるといえるでしょう。

【文・構成:寺村 朋輝】


<INFORMATION>
浦田法律事務所

所在地:大阪市天王寺区上本町6-9-10
    青山ビル本館408
URL:https://www.urata-law.jp


<プロフィール>
浦田 忠興
(うらた・ただおき)
大阪弁護士会所属。弁護士登録年2009年。取扱分野は刑事事件全般。相談対応実績は3,000件以上、弁護実績は500件以上。

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