2024年11月22日( 金 )

「サロン幸福亭ぐるり」と中沢卓実(3)

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大さんのシニアリポート第134回

 これまで、高齢者の居場所「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)開設にあたり、中沢卓実(当時・千葉県松戸市常盤平団地自治会長)さんの助言の元、開亭にこぎ着けられたことを紹介した。当時の中沢さんは同団地内で起きた孤独死(3年間放置され、白骨死体で発見)に対し、「孤独死を放置するのは団地の恥」として立ち上がり、「まつど孤独死予防センター」開所をはじめ、「あんしん登録カード」「いきいきサロン」など予防策を矢継ぎ早に実践。並行して公団(現・UR)への値上げ反対、建て替え反対闘争を主導し、「カリスマ中沢」として全国にその名を轟かせた。

セルフヘルプグループ活動を目指したが…

「サロン幸福亭ぐるり」スタッフが多摩ニュータウン「福祉亭」訪問
「サロン幸福亭ぐるり」スタッフが
多摩ニュータウン「福祉亭」訪問

    「ぐるり」も「孤独死回避」を運営の指針に据えた。親交のあった桜井政成(立命館大学政策科学部教授 副部長・政策科学 ※当時)は、「江戸時代以降の伝説のいくつかについては、高齢者が一軒家に集住し、互いに助け合いながら生活し、そして死を迎えたという。すなわち、今でいう「セルフヘルプグループ活動」「コーポラティブハウス」がすでに近世のムラ社会には存在していた可能性が高いのである。

 たとえば柳田国男の『遠野物語』には、「デンデラ野」という地域で、高齢者相互扶助システムが行われていた伝説が掲載されている」(ブログ/考えるイヌ~桜井政成研究室~)と発言した。「デンデラ野」とは「姥捨山」のことである。ここに独居高齢者が抱える「無縁社会」とどう向き合えばいいのか、そのヒントがあると考えた。運営する高齢者の居場所「ぐるり」を地域の“核”とし、その周辺に住む住人が互いに支え合うという形態を模索した。

 公営住宅は住宅困窮者のための住宅である。全国各地から人は集まり、その地で新しいコミュニティをつくり上げる。そこには互いに助け合う「相互扶助」の精神が必要とされる。そのためには知らない者同士が垣根を越えてつながりをもつ。そのことが結局は孤独死回避策となると考えた。しかし、思うような展開を見せることはなかった。公営住宅は室内(風呂、台所、畳など)の交換はすべて無料。家賃(金銭的優遇措置)も収入に準じて決められる。不足分は公的な資金が投入される。「何でも大家(県)がやってくれる」という考えは、詰まるところ「余計なことはしない」という発想を容易に生む。さらに、周辺の住民(UR賃貸、分譲、市営、ヴィレッジハウスなどすべての集合住宅)とは微妙に意識に温度差があり、「地域」という統一感をもたせることは困難を極めた。自治会を完全掌握できない私自身の未熟さもあった。それが中沢卓実さんとの大きな違いだった。

中沢さんの絶妙で狡猾な仕掛け

 中沢さんは1934年新潟県生まれ。加茂暁星高校卒業。産経新聞社入社。『週刊サンケイ』編集部記者。正直高卒で週刊誌の編集者というのはかなり希有な例だと思う。この間、組合の執行部で活躍。この時代に巨大な組織をまとめ上げるノウハウを会得したと考えられる。退社後、タウン誌『月刊myふなばし』編集長。同時に松戸市常盤平団地自治会長、同社会福祉協議会理事、学区審議会議員などを歴任。『週刊サンケイ』『月刊myふなばし』に編集者として携わった経験が、毎月発行される自治会広報誌『ときわだいら』の内容にも大きく影響している。

 中沢さんの真骨頂はその奇抜なアイデアにある。思いつきといってもいい。自治会は自由参加である。住民全員が自治会員とは限らない。住宅公団や市などの公的機関への要求を認めさせるには、自治会員の“数”がものをいう。自治会員獲得のためにあらゆる手段を講じた。たとえば秋の運動会。子ども参加の競技の商品に、組合員と非組合員の子どもとに露骨に差を付けた。非組合員の親が「差別だ」と自治会にクレームを付ける。すかさず、「これは自治会主催の運動会です。自治会員として登録していただけましたら、豪華賞品と交換します」と出る。泣き叫ぶ子ども。仕方なく親はその場で組合に加入するという姑息な手も平気で打った。

常盤平団地の「いきいきサロン」で
常盤平団地の「いきいきサロン」で

    家賃値上げ反対闘争も中沢さんは策を練った。76年当時から公団は3年ごとに値上げを強行した。常盤平団地自治会は公団事務所への抗議行動をはじめ、全国に先駆けて法廷闘争を展開した。判決の日、報道各社に連絡を取り、松戸市記者クラブに6台ものカメラが入った。ニュースはまたたく間に県内外に流れ、公団値上げの問題が一気に全国的に注目を集めるようになった。

 この闘いを契機に一方的な値上げ問題、空き家放置の問題(建て替えをしやすくするため、新規入居者を募集しない。自治会費徴収にも影響が出る)、未利用地の放置問題など公団の杜撰な経営が矢継ぎ早にマスコミに取り上げられ、ついに公団側が屈服する。また、公団と癒着する松戸市の某職員に対して執拗に抗議。職員と公団の癒着を断ち切らせた。この仕掛けはすべて中沢さんによるものだ。たった1人の入居者が公団という巨大な組織に闘いを挑み、勝利するという前代未聞の「事件」を引き起こしたのである。もちろん住民の総意と自治会の支援なしではあり得ないことではあるが、住民の総意を勝ち取り自治会を動かした中沢さんの力量に敬服する。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

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