2024年11月23日( 土 )

ローランドDGへの「同意なき買収」 ブラザー工業が断念(中)

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 「桃栗三年、柿八年」ということわざがある。芽が出て実がなるまでに、桃と栗は三年、柿は八年かかる。何事も成し遂げるまでには、相応の年月が必要だということ。M&A(企業の合併・買収)にも、これが当てはまる。「急いては、事を仕損じる」ことになる。

ブラザーは第三の柱とすべく産業用印刷に注力

 ブラザーは第三の柱とすべく産業用印刷に注力した。その産業用印刷の分野で、広告看板向けの大型インクジェットプリンターに強みをもつのがローランドDG。Tシャツなど布に印刷するガーメントプリンターも手がけており、23年12月期の売上高は540億円だった。

 ブラザーは産業用印刷のローランドDGの買収に乗り出した。ブラザーはこれまでに2度、ローランドDGにTOB提案を拒否されている。1度目の提案は23年9月。1株あたり4,800円でTOBを提案。2度目の提案は24年2月、TOB価格を1株あたり4,850円に引き上げた。ローランドDGはいずれも突っぱねた。

 ブラザーとローランドDGの攻防の最中、投資ファンドのタイヨウがMBOを前提としたローランドDGのTOBを2月13日から始めると発表した。ローランドDGを上場廃止にして、ブラザーによる乗っ取りを防ぐのが狙いだ。

 ブラザーにとってローランドDGのMBOは予期せざること。ブラザーに事前に知らせることなく、抜き打ちだった。ならばと、ブラザーは「同意なき買収」に踏み切った。産業用印刷を第三の柱に据えたいブラザーにとって、ローランドDGを取り逃がすわけにはいかないのだ。

産業用印刷の英ドミノを1,890億円で買収

 ブラザーは産業用印刷に力を入れてきた。15年3月、ロンドン証券取引所に上場する産業用印刷機大手の英ドミノ・プリンティング・サイエンシズを買収した。買収額は10億3,000万ポンド(約1,890億円)で、ブラザーとしては過去最大の案件だ。

 ドミノは、ペットボトルや食品の包装に賞味期限やロット番号を印字したり商品パッケージを印刷したりする機器を製造している。食品や飲料、製薬会社などの顧客を抱え、140以上の国・地域で製品を供給している。

 ブラザーはプリンター・複合機が主力で産業分野は手薄だった。M&A(合併・買収)により事業領域を広げ、連結売上高を中長期的で1兆円に引き上げる目標の達成につなげるねらいだ。しかし、ドミノ事業の24年3月期の売上収益は1,096億円、営業利益は241億円の赤字。ブラザー史上最高額となったM&Aは成功とは言い難かった。

対話型ファンドの草分け、タイヨウ

 ローランドDGはタイヨウと組んでMBOを実施した。タイヨウは企業との対話(エンゲージメント)を重視した「フレンドリー(友好的)アクティビスト」の草分けだ。

 タイヨウは22年、任天堂創業家の個人資産運用会社、ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)に買収された。ローランドDGがブラザーから経営統合をもちかけられたことを防ぐべく、YFO=タイヨウはMBOによっていったん非上場となった優良銘柄を再上場させる作戦を立てた。

 ローランドDGは1981年、電子楽器大手ローランド(浜松市)の関連会社として設立。2000年に当時の東証二部に上場し、02年に東証一部(現・東証プライム)となった。タイヨウがかかわったMBO案件としてはローランドDGのかつての親会社、ローランド(浜松市)のケースがある。

親会社のローランドで創業者と経営陣の間で内紛

 親会社のローランドで、創業者と経営陣の間で内紛が起きる。創業者は(故)梯郁太郎氏(17年4月に87歳で死去)。電子ピアノやドラム、ギター、シンセサイザーなど世界に通用する電子楽器を数多く世界に送り出した。80年代に演奏情報を電子信号に変換して伝送するための世界共通の規格「MIDI(ミディ)」を生み出した功績が評価され、2013年に米グラミー賞のテクニカル・グラミー賞を個人としては日本人で初めて受賞した。

 創業者の梯氏と社長・三木純一氏が対立したのは、こんな経緯だ。ローランドは13年3月期まで4期連続の赤字を計上したため、三木氏ら経営陣が米投資ファンド・タイヨウと組んでMBO(経営陣)を計画していることに対し、梯氏は「MBOはタイヨウによる乗っ取りだ」と主張した。

 両者の対立は、ローランドの子会社、ローランドDGをめぐってだった。DGは広告・看板向けインクジェットプリンターで世界首位級の優良企業だ。14年6月27日、ローランドの定時株主総会に車イスで出席した梯氏は「MBOをやると、DG(の株)もそのままついてくる。(タイヨウにとって)こんなおいしい話はない。それ、わかっていますか」と質問。MBOでは、ドル箱のDGを手に入れるタイヨウだけが利益を得る。「投資ファンドによる乗っ取りだ」と反対したわけだ。

(つづく)

【森村和男】  

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