中国、日本の水産物全面輸入停止の撤廃要請拒否の理由は
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国際政治学者 和田大樹
日本と中国との貿易摩擦は長期的に続きそうだ。岸田総理は5月下旬、訪問先の韓国・ソウルで中国の李強首相と会談し、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出をめぐって、中国が日本産水産物の輸入を全面的に停止したことに対して即時撤廃を求めたが、中国側はそれを拒否した。岸田総理は国際原子力機関による監視が中国側の理解促進につながることを期待すると伝えた一方、李首相は核汚染という言葉を使い、海への放出は全人類の健康に関わる問題だと一蹴した。
8月で中国が日本産水産物の輸入を停止してから1年となるが、今回の会談でも明らかになったように、中国側はそれを撤回する姿勢を一切示さない。国際原子力機関を含み、多くの国々は処理水の放出を科学的に問題がないという姿勢に撤しており、中国側が拒み続けることに正当な科学的根拠はなく、やはり政治的な思惑があると判断せざるを得ない。では、その政治的思惑は何だろうか。
1つは、中国側の日本への貿易的不満である。近年、米中間で半導体をめぐる覇権競争がエスカレートするなか、バイデン政権は2022年10月、中国による先端半導体の軍事転用を防止するべく、先端半導体分野での対中輸出規制を強化した。しかし、米国のみでは中国の先端半導体そのものの獲得、製造に必要な材料や技術の流出などを防止できないと判断したバイデン政権は昨年1月、先端半導体の製造装置で高い技術力を誇る日本とオランダに足並みをそろえるよう要請し、日本は昨年7月から同製造装置など23品目で中国への輸出規制を開始した。
軍の近代化、ハイテク化を強化したい習政権にとって、先端半導体は必ず獲得したいものだが、それを防止しようとする米国、米国と足並みをそろえる(日本がそう思っていなくても中国側はそう判断する)日本への貿易的不満を強めている。その直後、中国は半導体の材料となる希少金属・ガリウム、ゲルマニウム関連の輸出規制を強化したが、日本は両希少金属の多くを中国からの輸入に依存している。そして、中国は昨年8月に日本産水産物の輸入を全面的に停止したことから、日本への貿易的不満が背景にあることは間違いない。
もう1つは、国内を意識したものだ。近年、中国の経済成長率は鈍化し、不動産バブルの崩壊や若者の高い失業率など、中国国民の共産党政権への経済的、社会的不満が広がっている。全国人民代表大会の開幕に合わせて“反習近平”の声を挙げる市民の姿も見られた。習政権が最も警戒するのは“内からの反発”であり、“第二の天安門事件”などは絶対にあってはならないものだ。そのような状況では、習政権は日本に対しても妥協するような姿勢を示すことはできない。“核汚染水から中国国民の衛生と安全を守る”ために日本産水産物の輸入を停止したのであり、仮にそれを撤廃すれば習政権は国民に弱みを握られるばかりか、習政権への忠誠心が大きく低下することは避けられないだろう。
近年、経済的威圧という言葉が頻繁に使われるが、日本側からすると日本産水産物の全面輸入停止はそれに該当するだろう。これによって輸入の多くを中国に依存してきた水産加工会社などは大きな懸念を抱くようになり、東南アジアなどにシフトする動きを示すようになった。今後も先端半導体分野で新たな緊張が高まれば、日本産水産物の全面輸入停止と同程度の経済的威圧がほかの業種、業界に影響をおよぼす可能性もあるだろう。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
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