2024年12月22日( 日 )

【鮫島タイムス別館(26)】「女帝対決」に持ち込んだ立憲の戦略が孕むリスク

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 東京都知事選が告示された。3期目を目指す小池百合子知事に立憲民主党の顔だった蓮舫前参院議員が挑む「女帝対決」がマスコミを賑わせている。人気ユーチューバーである前安芸高田市長・石丸伸二氏がどこまで割り込めるかも注目だ。

 今回の都知事選は東京だけでなく日本政界の行方を大きく左右する。その政治的意味合いを野党第一党・立憲民主党の視点から分析してみよう。

 立憲民主党は長らく低迷してきた。野党第二党の日本維新の会が打倒自民よりも打倒立憲を掲げて躍進し、一時は政党支持率で追い抜かれ、野党第一党からの陥落が現実味を帯びていた。泉健太代表は党内に高まる辞任要求を抑えるため、「次の総選挙で150議席に届かなければ退く」と表明するほど追い込まれていた。立憲の現有議席は100に届いておらず、150議席は夢のまた夢とみられていた。

 状況が一変したのは、昨年末に発覚した自民党の裏金事件だ。

 自民党の支持率は急落し、それと裏腹に立憲の支持率はじわりと上昇した。維新は大阪万博の無駄遣いに世論の批判が噴出し、金看板の「身を切る改革」が色褪せて失速。裏金自民への批判票を立憲が一身に受け止める想定外の事態が出現し、立憲は息を吹き返したのである。

 4月の衆院3補選は自民全敗、立憲全勝に終わった。自民が不戦敗となった2補選では立憲と維新が激突し、いずれも立憲が圧勝。次の総選挙に向けた野党第一党争いは立憲に軍配が上がり、維新の退潮に拍車がかかった。5月の静岡県知事選でも立憲候補が自民候補に圧勝して4連勝。世論調査では「自公政権の継続」よりも「政権交代」を求める声が大きく上回るようになり、次の総選挙で自公過半数割れが現実味をもって語られ始めた。

 政権交代の機運が久しぶりに高まってきたのである。

 岸田文雄首相は9月の自民党総裁選で再選の流れをつくるため、6月解散を目論んでいた。政治資金規正法の改正を実現して信頼を回復し、肝煎りの定額減税で支持率を回復させて総選挙に臨む算段だった。しかし内閣支持率は回復するどころか政権発足以来最低水準の10%台まで落ち込み、解散どころではなくなった。6月23日で国会は閉幕し、岸田政権は完全にレームダック化している。

 自民党内では岸田首相は総裁選不出馬に追い込まれるとの見方が広がっており、国会閉会と同時にポスト岸田レースが本格化する様相だ。9月の総裁選で首相を交代させ、ご祝儀相場で内閣支持率があがる10月にただちに解散総選挙を断行するシナリオが早くもささやかれている。

 このような状況で都知事選は告示された。しかも立憲民主党の顔だった蓮舫氏が「自民党政権の延命に手を貸す小池都政をリセットする」と宣言して電撃的に出馬表明したことで「自公与党と連携を深める小池知事」vs「立憲・共産の支援を受ける蓮舫氏」の激突構図が固まり、次の総選挙の行方を左右する首都決戦となったのだ。

 確かに蓮舫氏が自公与党と一体化する小池知事を倒せば、立憲はさらに勢いづいて政権交代前夜の空気が日本列島を覆うだろう。

 裏を返せば、蓮舫氏が敗れれば立憲4連勝の勢いが止まり、せっかく醸成してきた政権交代の機運が一気に萎むリスクを立憲は抱え込んだ。リベラル色が強く立憲の顔である蓮舫氏をあえて擁立したことで、単に強敵・小池知事に挑む都知事選という意味合いを超え、国政の行方を左右する与野党の一大決戦となったのだ。

 これはある意味、立憲はハイリスクの勝負を仕掛けたようにもみえる。ただでさえ都知事選は現職が敗北したことがない。小池知事は学歴詐称疑惑が再燃して逆風下にあり、自民党との距離の置き方にも苦労しているとはいえ、首相以上に自由に使える巨大予算をもつとされる現職の都知事の政治力はやはり強大だ。実際、医師会など業界団体は小池知事へ擦り寄り、立憲の支持母体である連合もあっけなく小池支持を決めた。

 マスコミも朝日、読売、毎日、日経、産経の全国紙5紙がスポンサーとなった東京五輪以来、小池都政とべったりだ。都庁記者クラブは学歴詐称疑惑はほとんど追及せず、「百合子親衛隊」の様相である。逆に週刊誌やネットメディアでは蓮舫のネガティブキャンペーンが吹き荒れている。

 蓮舫氏は電撃出馬会見でこそ「小池都政をリセットする」と対決姿勢を前面に打ち出したが、「批判ばかりの蓮舫」との批判に怯んだのか、次第にリセット色を封印し、「東京をもっと良くする」とスタンスを転換した。小池知事が48億円を投じ都庁外壁をイルミネーションで映し出す「東京プロジェクションマッピング」も「観光政策としては否定しない」と発言。むしろ「優しい蓮舫」をアピールし始め、小池都政の全面否定を引っ込めたのだ。

 各党の情勢調査によると、蓮舫氏は当初こそ勢いづいていたが、小池知事の出馬表明以降は伸び悩み、むしろその差は広がっているという。全面対決を封印したことで、アンチ小池票が石丸氏らへ流れる悪循環に陥る恐れもある。

 一方、自民党は裏金批判を意識し、表向きは小池知事を推薦せず、裏で応援するステルス選挙戦を展開している。

 小池知事に便乗して立憲の蓮舫氏を落選させれば「連敗を止めた」と総括できる。ここで政権交代の機運を落ち着かせれば、9月の総裁選で首相を交代させ、支持率を回復させて一挙に解散総選挙になだれ込むことも十分に可能というわけだ。現職有利の都知事選を利用した狡猾な党勢回復策といっていい。

 こうしてみると、リベラル色が強くて立憲の顔である蓮舫氏をあえて小池知事にぶつけ、政権交代の機運を左右するハイリスクの「女帝対決」に持ち込んだ立憲の戦略は、はたして適切だったのかという疑問がわいてくる。

 とはいえ、賽は投げられた。立憲民主党は「挑戦者」気分ではなく、「負ければ失速」と不退転の覚悟で都知事選を戦い抜くしかない。

【ジャーナリスト/鮫島浩】


<プロフィール>
鮫島浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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