2024年06月30日( 日 )

ライドシェア解禁に業界最大手「タクシーがやれることはまだある」(前)

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第一交通産業(株)
代表取締役社長 田中亮一郎氏

第一交通産業(株) 代表取締役社長 田中亮一郎氏

 タクシー事業者が事業主体となって行う自家用車活用事業―“日本版ライドシェア”が、4月から東京や名古屋など4地域で、6月からは福岡都市圏や大阪都市圏などの追加8地域で開始された。だが、法整備が追い付かない状態でのライドシェア解禁をめぐっては、安心・安全の担保の面からの不安が残るほか、コロナ禍で疲弊したタクシー事業者への悪影響を懸念する声もある。全国ハイヤー・タクシー連合会の副会長や福岡県タクシー協会・会長など数々の要職を務める、業界最大手のタクシー事業者である第一交通産業(株)の代表取締役社長・田中亮一郎氏に話を聞いた。

福岡でもスタートした“日本版ライドシェア”

 ──6月12日から、福岡市およびその近郊の福岡交通圏でも“日本版ライドシェア”が開始されましたが、どのように見ていますか。

 田中 今回の日本版ライドシェアは、名前こそ「ライドシェア」と付いていますが、まだきちんとした法整備はされていない状態です。そのため基本的には、現行の道路運送法を最大限拡大解釈したうえで足りない分を補おうというかたちで、それに加えて、道路運送法第78条第2号などに基づいて地方で行っていた「自家用有償旅客運送」()を、一般の街でもできるようにしましょうという、いわば規制緩和みたいなものです。

 実施できる場所も、政令市かつ県庁所在地に限られ、かつタクシー配車アプリの普及率が50%以上の地域、さらにそこで90%未満のマッチング率でないといけません。また、国交省が発表している営業区域ごとの不足車両数も、福岡交通圏では金曜・土曜の夕方から早朝にかけて520台となっていますが、これは昨年10月から12月にかけての3カ月間の調査に基づくもので、コロナ禍明け初めての忘年会シーズンが含まれています。この時期は異常な需給バランスでしたので、不足車両の根拠としてはミスマッチともいえます。

 そもそも、日本でライドシェア解禁が叫ばれ出したのは、「タクシー不足」という問題が背景にあるとされていますが、これについても実態は異なります。というのも、これまでの業界の流れを見ていくと、2002年2月にタクシーの参入・増車の自由化などの規制緩和が実施されましたが、それで台数が増えすぎてしまったことで終了し、今度は逆に規制が厳しくなってしまいました。そのときにタクシー特別措置法というものが制定され、それぞれの地域が「特定地域」「準特定地域」に指定されました。特定地域ではタクシー事業が供給過剰とされて新規参入や増車が禁止されました。

 少し緩い規制の準特定地域の指定は、3年に1回見直しされ、決定されます。昨年9月がちょうどその見直しの時期でしたが、その時点では日本全国で供給過剰とされていました。供給過剰ということは、つまりタクシーを増やせないということですが、それなのに「タクシー不足」だといってライドシェアを始めようとするのは、整合性が取れませんよね。要はタクシーが足りないといっても、たとえば都市部での週末・夜間などの「足りない時間がある」「足りない場所がある」ということに過ぎず、恒常的にタクシーが足りていないわけではありません。

※自家用有償旅客運送:バス、タクシーなどが運行されていない過疎地域などにおいて、住民の日常生活における移動手段を確保するため、国土交通大臣または地方公共団体の長の登録を受けた市町村、NPOなどが自家用自動車を使用して有償で運送する仕組み ^

ライドシェア解禁よりタクシーの規制緩和を

第一交通 タクシー    ──ライドシェアについては、海外の事例を引き合いに出して「世界はやっているよ」「日本は遅れている」という賛成派の論調がありますが、そもそも海外と日本とでは、ベースとなる事情がかなり異なります。

 田中 おっしゃる通りで、海外の場合はタクシーというのは、どちらかというと自国民ではなく移民などの外国人がやるケースが多く、場合によってはタクシーよりもライドシェアのほうが安全だったり、きちんとした料金体系だったりすることが多々あるのですが、日本の場合は違いますよね。それなのに、同じ土俵で「日本もライドシェアをやるべきだ」というのは、ちょっと違うんじゃないかと思いますね。

 また、ライドシェアの配車アプリというのは基本的に位置情報を扱います。「Uber」や「DiDi」「GO」などの大手の配車アプリであれば、コンプライアンスやガバナンスなどが割と整っていますが、海外では大手とは別の小さいところが公開した配車アプリを悪用し、個人情報を抜き取って悪用するようなケースも出ています。たとえば、ライドシェアの安全性の問題では、これまでは性犯罪などの運転手個人の気質に依るものが多かったのですが、今は配車アプリの事前確定で、その人がいつ・どれだけ家を留守にするかがわかってしまうことで、空き巣などが増えてきているようです。これはITやAI利用の弊害でもあるのですが、そうしたシステム的な整備もきちんとできていないうちに、人々の安心や安全、さらには財産などにも関わってくるものを本当に解禁していいのか、何か問題や事件があっても利用者の自己責任で片付けていいのか──ということに尽きると思います。

 ──たしかに、ライドシェアありきの拙速な印象を受けます。

 田中 そのため私があちこちで言っているのは、ライドシェアの賛成/反対ではなく、「ライドシェアでなくとも、タクシーにやれることはまだある」「まずはタクシーを規制緩和しましょう」という話です。

 ご承知のように、我々タクシー事業者には道路運送法の規定で、各地域の運輸局からの許可が必要だったり、ドライバーの二種免許取得が義務付けられていたり、台数制限があったりと、さまざまな制約が課されております。営業区域の限定もそうした制約の1つで、タクシー事業者は原則として、国交省から許可を受けた区域でしか営業はできません。それを「タクシーが足りない」「運転手が足りない」というのであれば、たとえば福岡で夜に運転手が足りなければ、その時間だけほかの地域から運転手だけでも応援に行けるようにしてもいいのではないかと思います。

 そうした既存のタクシー活用を検討せずに、「ライドシェアだ」というのは、本末転倒ではないでしょうか。仮にライドシェアの全面解禁が進んでいけば、結局のところタクシーとライドシェアとで客の奪い合い──“共食い”になってしまい、体力のない小さなタクシー事業者は淘汰されてしまう懸念もあります。「やはりライドシェアがダメだったから、タクシーに戻しましょう」となっても、そのときにはもうタクシー事業者がいないことだってあり得ます。交通空白地域が生まれてしまうということです。

(つづく)

【聞き手:永上隼人/文・構成:坂田憲治】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:田中亮一郎
所在地:北九州市小倉北区馬借2-6-8
設 立:1960年6月
資本金:20億2,755万円
URL:https://www.daiichi-koutsu.co.jp


<プロフィール>
田中亮一郎
(たなか・りょういちろう)
1959年4月生まれ、東京都出身。青山学院大学卒業後、82年4月に全国朝日放送(株)(現・テレビ朝日(株))に入社。94年7月に第一交通産業(株)に入社し、取締役、専務、副社長を経て、2001年6月に代表取締役社長に就任した。北九州商工会議所副会頭や福岡経済同友会副代表幹事、福岡県タクシー協会会長、全国ハイヤー・タクシー連合会副会長、同地域交通委員会委員長など数々の要職も務める。

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