認知症行方不明者1.9万人と認知症当事者(後)
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昨年1年間、警察に届け出があった認知症の行方不明者は前年比330人増の1万9,039人。統計を取り始めた2012年以降最多である。このうち遺体で発見されたのが502人で、これも最多となった。行方不明者の95%が無事発見されているが、250人は未発見のままだ。年齢別では、80代以上が全体の6割を占めている。70代が3割超。60代826人。50代140人。40代9人。30代2人。65歳未満の若年性認知症も多く、警察に届けていない事例もあるので、行方不明者の実数はさらに多いと推測される。
認知症当事者であることを
カミングアウトする人が増えてきた昨年9月、漫画家でタレントの蛭子能収さんが「最後の展覧会」というユニークな個展を開いた。蛭子さんは自分が認知症であることを4年前に公表している。蛭子さんとは同じマンションに住んでいた関係で親しくさせていただいた時期がある。もっとも大学時代、『ガロ』というユニークな漫画雑誌で蛭子さんの作品にお目にかかっていた。そのころから「ヘタウマ」の筆致で人気があった。『僕はこうして生きてきた NO GAMBLE,NO LIFE.』という作品も残されている。
蛭子さんをはじめ、喜劇俳優・芦屋小雁、著名な内科医まで自分が認知症であることを公表している。若年性認知症当事者も各地で講演会などを開き、認知症に関する啓蒙活動を実践している。もはや隠しごとをする時代ではなくなった。
運営する「サロン幸福亭ぐるり」(今年4月から場所を移し、「サロン幸福亭」という名称で継続)でも6年ほど前、常連客の高齢女性が認知症であることをカミングアウトし、常連客を驚かせたという“事件”があったことは再三紹介した。当時大半の高齢者にとって、認知症になることは「もはや人間ではなくなる」という強い恐怖心を抱いており、間違っても“公表”するという選択肢はなかった。ところが彼女が公表したことで、サロンのなかに彼女を全面的にサポートしようという空気が生まれ、常連客の絆が強まったという“おまけ”がついた。予想もしなかったことである。
さいたま市では7月、認知症施策の拠点を開設すると同時に、アルツハイマー型認知症と診断されたふたりを「認知症希望大使」に任命した。「認知症基本法」が1月に施行されたことを踏まえたもの。地方公共団体が認知症施策に取り組む責務を定めた法律である。厚労省と21都府県も、当事者からの情報発信機会の拡大を認知症対策の1つと位置づけた。さいたま市の場合、大使に任命されたふたりは、市内の認知症カフェにスタッフとして常駐し、カフェを訪れる家族などにアドバイスしている。
拙著『老いてこそ二人で生きたい』(大和書房、1993年)で、埼玉県のある地方都市に暮らす老夫婦を取材したときのこと。市内に初めて特別養護老人ホームができたという話を耳にして、市役所の福祉課を訪ねた。ところが係員の話す内容に言葉を失った。ようやく施設ができたのに入所者はほぼ皆無だというのだ。「我が家にボケ老人がいることが知れると困る」というのがその理由。「座敷牢」(一部屋をボケ老人専用室)をつくって、他人の目に晒さない家もあるとのこと。さらに、「大切な家族を(ホームに)捨てるとは何事か」という噂にも怯えていた。これが入所に結びつかない理由なのだと話してくれた。わずか30年前の地方都市の実情である。カミングアウトして、認知症当事者の実情をオープンにするという今とは、隔世の感がある。
積極的に地域住民を活用すべきなのに…
2040年には65歳以上の高齢者の実に3人に1人が認知症かその前段階の軽度認知症(MCI)になるという厚労省のデータがある。政府は地域による「共生社会」を掲げるが、事はそう簡単にはいかない。ディサービスを含めた介護施設には低賃金・重労働などによる介護職員の離職(結果として職員不足)の問題がある。介護保険制度も財政難で苦しんでいる。財政は制度開始(00年度)の実に4倍にまで膨れ上がった。国民総高齢化時代にあってはさらに巨大化するだろう。原資をどこに求めるのか、課題が積み残されたまま先が見えない。
政府は地域や職場などで認知症当事者の支援に携わる「認知症サポーター」1,535万人(24年3月末時点)を養成。認知症当事者や家族、地域住民、専門家などが集う「認知症カフェ」を全国で約7,900カ所(21年度実績)展開している。こうしたサービスは地域によって温度差が激しい。実は私も「認知症サポーター」なのである。しかし、受講後、次にどうアクションを起こせばいいのか、指示がない。つまり、関係部署は講座を開いてサポーターを増やすということだけが目的で、次なるステップを考えていない。言葉は悪いが、「アリバイづくり」に終始している感が強い。全国に1,500万人を超すサポーターがいるというが、具体的に何をしているのかさっぱり見えてこない。
3月までURの空き店舗を借りて運営していた「サロン幸福亭ぐるり」は高齢者の居場所として機能させた施設だ。広い意味での見守りのなかには認知症も含まれるだろうが、これには公的な部署の具体的な後押しが必要である。積極的に活用し、サポーターとしての権限を委譲するくらいの意気込みが欲しい。でも、「個人情報保護法」を盾に避けているのが実情だ。
(了)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。関連記事
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